グレースの死

 グレースが亡くなった。(これが正式名称。)
 浪花の母娘猫の母猫である。
 家に来たのが昨年6月4日。
 推定17歳にはなっていただろう。

 お昼頃、帰宅するとグレボが玄関に座っていた。初めて撫でた。初めて抱っこした。彼女は逆らわなかった。それほど衰弱していた。耳が冷たく低体温症だった。4時になるのを待って動物病院に行った。
 体温32度。
 腎不全レベル3.

 点滴中に少しのけぞった、しんどそうだった。下顎が開いた。
 一時、中断して再開。グレボは上蓋をとったキャリーボックスの中で入り口の格子に上顎を突っ込み、微かに下顎を開けた状態で穏かになった。時々大きく吐息をついた。彼女は死にかけていた。病院に来るべきではなかったかもしれない。いつも迷いに引き裂かれる。

 帰宅すると6時半を過ぎていた。
 床暖房の部屋のコタツの中に入れ、ペットシートを買いに走った。
 ぬるま湯の水差しとシートを持って部屋に入り、私はもう何も準備することはないのだと気がついた。
 彼女は意識が薄れかかっていた。

 傍にいて良いのかどうか分からなかった。
 部屋の扉を開け、別室のケリちゃんがはいれるようにして、私は外出した。
 
 死は厳粛なものだ。死は敬意をもって受け容れられるべきなのだ。
 私はいつも馬鹿なことばかりしている。

 グレースは立派に野良猫生を生き、立派にその猫生を終えた。
 覚悟が違う。


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浪花の母娘猫、現役時代の写真

我家に来た浪花の母娘猫。
現役地域猫時代の写真が見つかったと、Kさんが送信してくれました(*^_^*)
彼女、14年と4ヶ月も通ったんですよね(よくやるよなぁ・・・(°_°))
「自転車の傍まで来てたんだ・・」と、遠い昔の記憶を辿っていたようですが、
いつ頃から警戒心が強くなったのか、はっきりしないようです。

不妊手術をしてリリースした頃は未だ、自転車が到着するのを待ちかねたように
娘猫のケリちゃんはゆるやかなスロープを一散に駆け下りてきて、母猫にスリスリしながら
「おかん、ご飯やで、ご飯や、おいしいな」と全身で喜んでくれていたそうなんですよ。

14年は長い。何があったのか・・・
我家では、私が食事を出しても直ぐには出てきませんよ(;_;)

未だ暖房は出していませんが、
フカフカ蒲団の上で体がのばせるようにコタツ形式にしてね、隠れるようにした。
蒲団カヴァーを変えようとコタツ布団をはぐと、ケリちゃんのたおやかな背中が目の前に。
背中を優しく撫ぜました。
固まってしまったのか、ケリちゃん、じっとしてました( ^ω^ )
初撫記念日ー(((o(*゚▽゚*)o)))

もう一つ、良いことが!
先日、福豆さんが夢の中に出てきたよー♪
夢の中で私は老人施設みたいな所から出ることになって、帰宅準備をしていると、
福豆さんがどこからか(あの世から?)出てきて一緒に帰宅することに。
マメちゃんより先に逝ったET坊やが、
「そんな事していいのかな?」と賛成しかねる表情で福豆さんを見送っていた。
結構、象徴的な夢でした。

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【浪花の母娘猫】家の中で”地域猫”

 地域猫あがりの母娘猫。
 余生は我家で、畳の上で逝きましょうとの趣旨でお出で頂いたのですが・・・
 私を受け付けてくれません(;_;)。

 家の中で”地域猫生活”を続けているようなもの。
 想定外だったのは、母娘共、外に逃げ出そうとはしない事。
 逸走防止にあれこれ考えていたのですが必要ありませんでした。
 これからどうなるか分からないので油断は出来ませんが。

 仲良くならないと治療の必要性が出た時に困ります。
 「看取りボランティア」活動が難しくなる。
 無理な捕獲は猫にとって非常なストレスになるので、早期治療や健康診断がやりづらい。
 悪化すれば猫も観念してなすがままになりますが、年が年ですから現状維持の早めの対応が肝心。

 連日35度を越す酷暑はすぐそこ。
 母娘猫は、私の在宅中は西向きの2階の部屋から動きません。
 階下で過ごしてよー!

 夏が過ぎるまで終日外で働こうかな・・・・
 誰か雇ってー!私、使えますよ(*^_^*)良き仕事人です。

 
グレボとケリと私の関係:”あ!人間が降りてくる!”
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階段の下に逃げ込むケリちゃん
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とても可愛いケリちゃんです。
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”来るなよ、こっちに”
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母猫グレボはいつもの定位置で睥睨しています。
”これ以上寄るでない”、耳をねかせて警告を発します。
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グレボとケリちゃんに爪とぎのお土産。
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・・・・使用した痕跡はありません|ω・`) 他の爪とぎを使っています。
さみしい・・・
 

【浪花の母娘猫】ケリちゃんの隠れ場所

 ケリちゃんが教えてくれました。
 隠れていたのは玄関の上がり框と下駄箱が交差する隅。
 そこも覗いたのですが上から見ただけで、その時は見えませんでした。
 
 私がシャワーからあがると、トントンと階段を降りる音。
 足音殺すくらい猫には朝飯前だから、故意に足音立てているように聞こえました。
 で、着替えるとケリちゃんを探したのですが、体の一部がはみ出していて、今度は簡単に見つかりました。

 ケリちゃん、私が降参したので教えてくれたんじゃないの?( ^ω^ )

 

【浪花の母娘猫】ケリちゃん現る

 ケリちゃん、居ました。 
 本箱と壁の間の定位置で、背中をこちらに向けたまま首を回して私を見てる。
 「私が消えたなんて、あんた呆けたんじゃない?」

 うそー、さっきは確かにそこには居なかった。
 「ケリちゃん、あんた何処いたん?」
 
 ケリちゃんは目をキョトキョト動かし、壁にへばりついたまま。
 「ケリちゃんって頭いいのね」と母猫に話しかけると、母猫グレボーは無言で私を眺めていました。
 母猫、なんか牢名主みたく貫禄がでてきた。

 しかしいったい、どこに隠れていたんだろう?
 
 

【浪花の母娘猫】猫は天才ーどこいるの???ー

 娘猫ケリちゃん、忽然と消えました。

 階段下に指定日に出す古紙の束等を置いているのですが、掃除機をかけていると後ろから這い出してきた。
 ダイニングに入っていく姿を見たのが最後。そこから忽然と消えました。

 その間、玄関は閉じたまま。
 窓の網戸は閉まったまま。
 逸走した痕跡は皆無。

 不思議に包まれて、地を這う心で隙間という隙間、家具の下を探したのですがいない!
 タンスの上か?-居ない。
 戸棚や引き出し、押入れを探したがいない!

 え!この狭い家の中で?
 これだけ探していないなんてあり得ない。

 でも以前にも、似たような事を経験しています。
 狐に包まれた気持ちで眠りにつき、朝になると姿を消していた子がちゃんと猫ベッドで寝ていたりする。

 猫は天才。

【浪花の母娘猫】娘猫、換気扇にぶら下がる

 母娘猫の部屋の扉は開いてます。

 ドデッと音がして、覗くと母猫が本箱の上からベッドの下に移動してました。
 娘猫はいずこに?部屋から姿が消えました。

 私が階下に降りようとすると、ダイニングから慌てふためく物音が。
 入口で灯りをつけると、出口に向かっていた娘猫は慌てて向きを変え、キッチン台からジャンプして換気扇の枠にぶら下がり・・・・、ドデッと落ちると、入口から飛び出していきました。

 帰宅するとダイニングや私の部屋に猫の毛が落ちていたりして、2匹は私を警戒しながら家の中を自由に移動しています。
 テリトリーを共有している私も受け入れてね。

【浪花の母娘猫】娘猫の到着2

フード3皿(レトルト2皿+ふやかしたキャットフード1皿)をベッドの下に置き、
私は階下で作業。
ん?どでどでと天井が響く。 覗いてみると、
母猫は一番落ち着く(らしい)本箱の上に。
本箱と壁の隙間から娘猫のお尻と尾っぽがのぞいています。

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だぁれだ?

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壁にへばりついていますが、パニックにはならなかった。
娘猫と最初に関係が持てそうな気がします。

ちなみにこの本箱、私が中学生の頃、買って貰った本箱です。
私が実家を離れてからは母が使っていた”歴史ある”本箱なのですが、
歴代の子猫達がかじってベニヤ板がむき出しになっています(*`ェ´*)
未だ穴はあいていません。母猫が穴をあけるのではないかと危惧しています( ノД`)。

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母猫は澄ましたもの。
もう少し近寄ると、
起き上がり、耳が寝ます(´・_・`)

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外出して夜遅く帰宅すると
フードが手付かずの状態!

食べなきゃだめよ!
娘猫も3キロしかないんですよね。
深夜になれば食べてくれると期待して
新しいフードを差し入れて、私はまた外出。
居ないほうがいいらしい( ̄^ ̄)ゞ

【浪花の母娘猫】娘猫の到着

娘猫到着。
部屋の中に運び込み、
見ると、中々美人です。

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友人がネットごとケージから引っ張り出し、口をゆるめたところで
ネットを引きずりながら飛び出した。
(速さについていけず、画像なし)

ベッドの下に隠れた娘猫。
母猫の気配なし。
「ダンボールに入ってんねん。箱をつつくと怒りよる。」
友人が用心しながら蓋を開けると、ファーファー怒って飛び出してきた。

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窓辺をファーファー

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降りたり登ったり

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行き止まり

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そっとしておこうと、ドアを閉め、私達は階下に降りた。
友人が娘猫の血液検査表を渡してくれる。
Glu(グルコース)だけが突出して高い。
血液中のブドウ糖ですね。 269(正常値55~150)。
疾患を疑うには関連項目が正常値なので、
獣医さんは極度のストレスによるものだろうとの見解。

外で待っていて下さっていたボランティアさんにお礼を述べていると、
友人はケージを畳もうとして顔を歪めた。
ゲェッ!ノミの死骸だらけ~(*`ェ´*)。私も顔をしかめた。
汚れたシートを受け取り、ケージ底部を水洗いして渡し、彼女達は出発。
私はそそくさと屋内に戻り、フードの準備。

ボランティアさん達の善意の協力によって、猫を迎え入れるのは初めての体験。
長年、逆の立場だったからね(#^.^#)

本当に有難うございました(^-^)/

浪花の母娘猫:到~着~

 娘猫到着。
 シャム系が入っている美人系。
 ネットの中で2日間、飲まず食わず(排尿はしたそうです)でご苦労様でした!

 母猫と比べると動きが速い。
 母猫は当該娘猫他を出産する前に何回か生んでると地元住民が言っていたそうなので、14よりもっといっている可能性があります。顔も体も張りはないですね。

 ”感動の再会シーン”はありませんでした(゚∀゚)
 娘猫がネットから飛び出しても、母猫はダンボールの中で無反応。
 不妊手術をして14年間、餌付けに通った友人がダンボールの蓋を開けると、ファーファー言いながら飛び出し、窓枠にカーテンレールにと逃げ場を探し、われわれ二人は、今だー!シャッターチャンス!とばかりにパチパチ。
 ごめんな(#^.^#)

 娘猫はベッドの下、それも脚の後ろに隠れて出てきません。

 暫くしてドデドデと響いたので、覗くと母猫は定位置・本箱の上に、娘猫は本箱と壁の隙間に体を突っ込んでいました。お尻と尾っぽが見えてます。覗き込むと、娘猫も頭を回してこちらを凝視、固まってます。
 本棚に飛び乗り損ねた?
 丸いイスを本箱の近くに置いて、私は外出。

 帰宅したら、本箱の上に2匹ともいるかな?

【浪花の娘猫】”想定外”の血液検査結果

 娘猫は明日、到着します。
 夜から雨の予報ですが、着く頃にはあがっているでしょう。

 母猫の血液検査がしてなかったので、友人に”娘猫の血液検査はしておいてね、麻酔かけてる間に出来る事はみ~んなやっちゃって”と念を押しておいた。
 獣医さんが1万5千で保護時の定番メニューを、爪きりも含めフルコースでやってくださったところ、「想定外」の結果が出た。
14年4ヶ月間、野良猫をやっていた娘猫は、すこぶる健康だった!
 歯は無かった(抜く手間が省けた)、口内炎もなかった!腎臓も肝臓も正常値範囲。エイズ、白血病検査、いずれも陰性。

 代替わり(最初の猫は死んで、餌場を子孫に引き継ぎ、捕獲した猫はその玄孫辺りとか)してるんじゃないかと憶測が出るほどの結果だった(°_°)。
 余命4,5年の猫ニヤンを引き取ったつもりが・・・、20歳位じゃ老衰死してくれそうもない(゚д゚)。 
 やれやれ、私も頑張って長生きしなきゃ・・・、いい加減くたびれたら、お先に逝かせて貰うかもしれません( ̄^ ̄)ゞ

 強い個体だねとは話していたのだが、「血液検査異常なし」は想定外でした。

 明日、母娘再会の「感動シーン」をなんとか画像におさめるつもりです。

 

浪花の親子猫:娘猫を保護の朗報

 娘猫を捕獲したとの連絡がありました。明日、動物病院に連れて行くそうです。
 娘猫も推定年齢14歳以上。

 母猫に早速、ご報告。
 母娘で合流すれば心強いでしょう。
 再来週は私が忙しいし、14年間、餌付けしてきた彼女も早くに送り出したいので、来週中には到着します。

 2016年は私にとって転換期の年。
 2015年末まではいろいろと縛られていましたが、晴れて自由の身です。
 今ほど政治が劣化した時代は記憶になく気がかりですが、個人的には複数の案件が片付き穏やかな日々。浪花の老猫2匹と「愛と平和と安らぎ」の日々が紡いでいければ言うことなしです。

 22日の参院選公示以降はちょっと選挙のことを書きます。

浪花の母猫:我が家の中で野良猫やってます(*^_^*) 

 6月4日に到着して9日が経ちます。
 グレースは洗面所を除けば、屋内どこでも自由に行けます。
 
 私が近づくとファアファア言いますけどね(*’U`*)
 家の中で野良猫やってるようなもんですよ。
 夏が過ぎたら血液検査に行くでー!

 その内、写真をアップしますね。
 雨で昨夕から涼しくなりました。
 日曜は参院選関連イベントに2つ参加した後、早目に夕食をとると眠気を催し、そのままネムネム。
 珍しくのんびりとした1日が過ごせました。眠い時に眠れる幸せ♪

 娘猫は未だ捕獲できないらしい。
 昨夜も試みた筈ですが、電話がなかったのでまた失敗に終わったのでしょう。 
 母猫がホーホー鳴くと、娘猫(少なくとも14年間、一緒に過ごした)を探しているようで、早く会わせてあげたいですよね。

浪花の母娘猫

 浪花の母猫、6月4日に到着しました。
 問題なく6畳一間で過ごしています。
 ベッド(猫専用)の下と小さな床の間に置いてある本箱の上をテリトリーにしています。

 排尿排便問題なし。
 食欲あり。
 爪とぎを使ってる。
 トイレをきれいに使う。
 鳴かないー私は助かる。

 最初の日は硬く無表情。
 今は眼が動き表情が出てきました。

 娘猫は捕獲に苦慮しているそうです。
 失敗続きですが諦めません。

 参院選を除けば、穏やかな毎日が続きます。
 暑くなったせいか、私は体力を消耗気味。
 

御年14歳(以上)の母娘猫との同居?

 ニャンコ2匹が我家に来るかもです。

 御年は最低14歳以上の母娘猫。
 14年間、「地域猫」活動家の給餌を受け、野良猫生活を送ってきた2匹。
 先は長くはニャアだろうとの目算です。

 我家の最後の猫はテツコちゃん。最後の猫の地位(?)は不動です!

 2匹の親子猫は「おまけ」みたいなもの。
 馴染みのない、遠隔地の私のとこに来て、さぁどうなりますか・・・神のみぞ知る。
 良好な関係が築ければいいなと思案中です。
 難しいケースですよね。
 

ミィたんの49日、2016年5月3日

 最後の猫、テツコちゃんとミィたんの死。
 ミィたんの49日が過ぎました。

 2016年5月3日の憲法の日。強風で荒れた1日でした。私はイベントには参加せず、生前、ミィたんが抱えていた痛いところ、しんどいところ、具合の悪かったところを全部此の世に置いて、風に吹き飛ばして貰って、まっさらな魂となってまっすぐ彼岸へ旅立つよう祈った。一緒に居てくれてありがとう、そしておばさんのいたらなかった点は 許してね。おばさんのこと思い出したら、いつか夢に出てきて・・。

 塩梅悪いところは全部、おばさんに置いていけばいいよ、引き受ける・・・
 なんてつぶやいていたらですね、その日の夕刻、吹き飛ばされそうになりながら自転車で出かけ、帰宅した時は筋肉痛を悪化させ、痛みを抱えたまま就寝することに(;_;)。 
 その数日前、自分の胸に自分で肘鉄食わせて痛みが残っていたのです。ぐーっとチェーンを引っ張った時、手が滑って肘で胸をどづいてしまった。その痛みが治らないのに、強風の中、自転車で強行走破したものだから筋肉に力が入りっぱなしで、無視出来ない痛みに悪化。泣いた。
 目覚めた時には痛みは薄らいでいて、気にならない程度に収まっていましたけど(*^_^*)

 喪失の感情が時の経過とともに癒され整理されていく過程は、非常に主観的で”少しオバカな”つぶやきや、思いたいように思う筋道を辿ります(#^.^#) いいじゃん、他の人に関係ないから。

 知人がお母様を亡くされた後、「母が亡くなったの。全部すんだ。私、目一杯、見栄を張ったよ(立派なお葬式をした)」と語りかけてきた事があります。「最後に母と和解した」と彼女は涙をうっすらと浮かべ、、「最後ににっと笑って逝ったの」。彼女の子供時代を知る私は、それは良かったと胸があつくなりながら聞いていた。

 彼女のお母様は夫のDVで視力が落ち、離婚して生活保護を受給しながら彼女を育てた。彼女は不遇な境遇の不満やストレスを、お母様にぶつけていた。お母様はそれを全部受け止めながら、彼女をどこに出しても恥ずかしくないよう、社会人としてやっていけるよう立派に育て上げた。彼女、キチンと仕上がっていますから(*´v`)、お母様は愛の人だったと常々思っていたんですけどね。

 彼女は少し私の反応を気にしながら、自分の肩の辺りを示しながら「母は未だここにいて、守ってくれてる」。私は頷き「信じるわ」と言うと、彼女は「(なに言ってるのよ)」とちょっと笑い、私は「ううん、貴女がそう感じるのだから、そう信じるわ」。

 親を見送った時も、ペットロスから時間が前に流れていく時と同じような想いがあるんですね。
 しかし親と子供、飼主とペット、守るものと守られるものの関係性は大きくは変わらないらしい。
 知人が「和解した」と気持ちを納得させる事が出来たのも、お母様の魂が肩に宿って見守っていてくれると感じたのも、経済的には不遇であったお母様が、精神的心情的には母であり続け、知人は娘として当たり前のように寄りかかる(反抗の形をとったにせよ)事が出来たのだと受け入れる事が出来たからかもしれないですね。お母様も嬉しかったでしょうね・・・

 逆に、飼主や親が看取る立場に立った時は、多かれ少なかれ自責の念を少しひきずる場合が多いんじゃないかなぁ・・・ 「自責」も客観的な事実関係から生まれる自責ではなく、主観的なものですが・・・。

 49日が過ぎて、特別な供養は区切りをつけます。
 時間は前に向かって流れていくようになり、私の気持ちも前に向かうようになった。
 でも、忘れる事はあり得ない。

 茂木 健一郎氏のFB「上手に思い出すこと

 全ての出来事は1回性のもの。
 その厳然たる事実に、身近な存在を喪失した時、起きた出来事に繰り返し立ち止まることになるんじゃないかなぁ・・
 ミィたんとテツコちゃんのご仏前で、私は随分、いろいろつぶやきましたね。書きませんけど(#^.^#)
 悲しみは、自分についても自分の人生についても、深く考察させてくれる機会でもあります。
 
 『感覚にせよ、思いにせよ、ほんとうに大切なことは記録できない』
 『ほんとうに重要なことは、どんな方法を使っても、記録できない。』
 『以上の考察から導かれる帰結は二つである。一つは、「今、ここ」の感覚や感情を、よく把握しておくこと。マインドフルネスは、この領域に属する。
 もう一つは、上手に思い出すこと。自分の今までの人生での、エポック・メイキングな出来事を、ときどき、上手に、思い出して見ること。それ以外に、ほの暗い過去から、自分の今を照らしだす光源を取り出す方法はないのである。』だそうです。

 私にとって密度の濃いゆっくりと凝固した時間は過ぎ去りました。
 時間って不思議よね。

 「なぜ楽しい時間は速く過ぎるのか」 茂木 健一郎氏

 「時間の相対性」は難しすぎて分からないけれど、でも誰もが実感し体験することではありますね。

【最後の猫、テツコちゃん】最後のday by day

 テツコちゃん、いよいよ腎不全末期です。
 16歳は早すぎる・・・、諦めきれない気持ちで3月末を過ごしました。
 3月中には死んでほしくなかった、生きて春を迎えて欲しかった。
 死よ驕るなかれ!

 3月末、毎日の点滴で大量の排尿をするようになり、体中の水分が抜け出ていくようでした。
 肩甲骨の間の下辺りが点滴針を刺す部位なのですが、骨に皮が張り付くようにみずみずしさを失い、点滴もしずらくなりました。針が皮を貫通して、液の噴水が噴き出たことも。
 入れただけ出てしまうのかと、点滴を中止。
 最初の1日目、テツコちゃんの体はみずみずしさを取り戻し、階下に何度も降りてきて、ごろんにゃんと喉をのばし、私が動くのを眺めていました。二階のコタツに私が座ると膝に乗ってきて、食もそれなりとっていた。

 夜中に嘔吐が始まり、夜通し頻繁に移動していました。気持ちが悪かったのでしょう。
 翌日には足元がふらつくようになりました。もう何も言いません。
 複数回、胃の中の残留物を吐きました。
 
 私は意を決して、30日の夕方には点滴を再開。
 主治医は休診日でした。
 翌31日、テツコちゃんを伴い、先生に今後の治療について伺いました。
 点滴の間隔と分量を微調整しながら、点滴は続けたほうがいい。口臭が強くなっているのはドライマウスが原因だから、水を時々含ませて、出来れば口腔内を軽く洗浄してやるようにとの事でした。
 テツコちゃんは2歳で家に来た時から、涙腺の炎症で流涙の症状がありますが、見た感じではドライアイにはなっていないとの事。軽く鼻づまりの症状があり、口から息を吐き出す呼吸に切替わるときがある。口腔内が乾燥しますよね。

 点滴を再開したのは間違いでした。
 テツコちゃんは排尿しなかった。

 31日は移動しようとして足をとられるテツコちゃんを見守りながら、ひたすら死なないでと念じていた。死んで欲しくなかった。
 覚悟は出来ている、でも今じゃない!
 夏の暑さを乗り切ることを考えていた自分が馬鹿な夢想家に思えた。
 今日1日を生きてくれればいい、先のことは考えまい。

 状況は悪化し、肺に点滴液がたまってしまったのか、テツコちゃんは呼吸が速くなり必死で苦痛に耐えていた。
 アーンと泣き声をたて涙を流した。
 つらかった、謝罪しても謝罪しきれない。
 飼猫の容態を一番よく見ているのは飼主です。
 私の判断ミスで、最後にテツコちゃんを苦しませた。つらくてつらくて仕方ない。
 
 もう4月が近かったのだから、地元で仕事探しをする必要もなかった。お金が入る前に、猫達は旅立ってしまったよ。意味がなくなってしまった。31日、苦しがっているテツコちゃんを置いて、私は仕事に行かなくてはならなかった。帰るとテツコちゃんは亡くなっていました。
 出かける前、私は主治医に電話して、もしも明朝まで、テツコが死ねないで苦しみ続けているようだったら、安楽死措置をして欲しいとお願いし了承を得た。仕事をおえ帰宅した時、家が空虚に静まり返っているのを感じた。誰もいない。テツコちゃんは息絶えていた。トイレの中でぐっと折り曲げた前足でトイレの壁に突っ張り、目をぎゅっと固くつぶって。最後まで苦しんだ姿だった。到底、死によって苦しみから解放されたとは受け止められず、つらかった。

 大量の排尿で点滴を中止したその日、テツコちゃんは元気になり最後の思い出をたくさん作ってくれた。
 テツコちゃんは私のこと、好いてくれてたんだなぁと思う。
 テツコちゃんは最後に大きなプレゼントをくれたのだ・・

 その元気は丸1日も続かなかった。
 容態は以前より悪くなった。足元がふらつく。死んで欲しくない、もう一度、元気になろう!
 私は幸せだったので、その幸せを終わらせたくなかった。それが判断を狂わせた。キチガイ染みている!
 今になってみれば、点滴を中止した私の判断は正しかったし、よろめくテツコちゃんを見守りながら死水をとってやるべきだった。死を受容しなくてはいけない。そうすればテツコちゃんは不必要にあんなに苦しまなくてすんだ、
 
 つらくてつらくて仕方ない。

 そんな状況で、ブログはお休みにします(*´v`)。
 半休会状態だった鳥取共生動物市民連絡協議会の活動を再開し、ボランティアセンターにロッカー申請をして中型ロッカーをゲット。地元の活動に関しては、一々ネットにはあげません(゚∀゚)。ネットはオバカがたくさんいて、ろくすっぽ記事をキチンと読まずに、馬鹿げたアクションを起こしますからね、そんな連中にネタをくれてやることはしない。
 参院選も間近です。忙しくなります。

故福豆さんの画像


昨年9月18日に逝った福豆さんの画像です。
これは何年も前のものだと思います。未だ元気でしたね(*^_^*)
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チョットちゃんは福豆さんの前に逝きました。
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最後に残ったテツコちゃん。この頃は未だ太っていましたが・・・
私の願い・・・テツコちゃんがまた太ってくれるといいなぁ・・・・・
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ペットとの生活は最後に必ず哀しい思い出が残ります。
中々乗り越えられません。
でも、悲しい思いをするのはあと一度だけ。
テツコちゃんには頑張って1年は生き延びてもらわねば。葬式が連続ではこたえます。

2016年3月16日 ミィたんの死

今日、正午前、ミィたんが亡くなりました。
2015年晩秋。この頃はすっかり家猫です。

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とても性格の良い、美人猫でした。

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去年の今頃、家の中に入れました。
未だ、全体に長い野良猫生活の汚れが残っています。
鳥大で一通り検査をした後、疾患が特定されないまま、今の動物病院で対処療法を受け、
その後、抜本治療を先延ばしにしていたのが悔やまれます。
テツコちゃんにかまけていて、・・・私の諸事情もあり、二匹に十分なことをする余裕がなかった。
本当に悔やまれます。胸が痛い。皮下点滴では持ち直しませんでした。
4月になれば、4月まで持ってくれればと念じていたのですが、行ってしまった。

以下の画像は2015年3月下旬から4月初めに撮ったものです。

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未だなんとなくぎこちないですね。
一緒にお布団で寝るようになったのは未だ先のことです。

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もっと幸せにしてあげたかった。
時期が悪かった、悔いが残ります。

我家はこれでテツコちゃん1匹となりました。
最後の猫です。
毎日の皮下点滴に依存して生きているようなものですが、それなり元気にしています。
でも・・・あと何年もは生きられないでしょう。

寂しくなりますね。


動物病院からのハガキ「愛された命って・・」


愛された命って
みんなの心の中で
いつまでも
生き続けて
いくんだよ


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 かかりつけの動物病院さんからハガキを頂きました。
 ワクチン接種のお知らせのはずはないがと、怪訝に思いながら手に取ると・・
 胸がいっぱいになりました。

 可愛いペットのイラストに囲まれて、真ん中に大きく
 「愛された命って、みんなの心の中で、いつまでも行き続けていくんだよ」。
 X先生をはじめ、病院スタッフの方々の寄せ書きが一杯詰まったおハガキ。
 この秋、逝った福豆さんに贈られた皆さんのメッセージ(*^_^*)。
 
 マメちゃんを一人で看取り、一人で送り出した私には、
 福豆さんの思い出を分かち合う人がいなかった。
 それって結構つらいものがあるんです。
 それが一気に氷解し、
 動物病院の先生やスタッフの皆さんのぬくもりに支えられ、
 マメちゃんも寂しく逝ったわけじゃないと、
 改めて送り出す気持ちでマメちゃんを偲ぶことが出来ました。

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 マメちゃんにご報告(* ´ ▽ ` *)
 皆さんからマメちゃんにお便りが届いたよ!
 「長生きしてくれてありがとう」って、
 「最後まで本当によく頑張ったね」 「天国でゆっくり休んで下さい」
 
 一足早いクリスマスプレゼントは、思いもかけぬ1枚のハガキでした。
 先生、スタッフの皆さん、有難うございました(*^_^*)

 クリスマスには、時に奇跡が起こるのです。
 不毛な裁判の書面作りで乾いた心に、オアシスが出現する奇跡です。
 皆様にも素敵な奇跡がありますように♪


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テツコちゃんの血小板減少症

 なんか按配悪そなテツコちゃん。帰宅すると「私、具合が悪いのよ!」と盛んにパフォーマンスで訴えるので、病院通いをしています。最初は便秘の再発かと思ったのです。だって盛んにトイレを出たり入ったりして見せるのですから、力んだ姿勢のまま何も出てこなかったり、出てきても悲しいほどちっちゃな一切れだったりと・・・  
 便秘は大変厄介なものなのです!食べて出して、呼吸が安定していれば、闘病生活も何とか乗り切れるものなのですが・・・ 私の頭は”便秘”で一杯になりました。
 でも、触診ではお腹に便は溜まっていない。

 年と言えばお年だし(年が明ければ16歳)、慢性腎不全は始まっています。 
 軽く脱水が見られたので、Ⅰ日置きに皮下点滴を2回。少し食欲が回復し、若干容態が良くなった事は確かですが、なんかはかばかしくない。明日、また行きます。当分、通う。

 月末に予約を入れたペット・ドッグの前倒しで、血球計算検査(2015/11/6)をした所、血小板(PLT)の数値に問題がありました。
 正常参考値の下限の半分以下。
 原因は特定されていません。
 ヘモグロビンは低いけれど正常範囲、赤血球もヘマトクリット(血球容積)も異常無し。
 MCV、MCHCも正常範囲。
 血小板だけ極端に低い。いや~な感じがあります。

追記 2015/11/8
 今日、点滴に行ったついでに、血小板減少症について伺ってきました。
 先生は血小板減少症を疑ってはいなくて、確かに数値的には低いけれど、血小板に関しては個体差が激しく、正常参考値を設定すること自体、余り意味がなく、臨床的には参考にしない。
 採血に若干、時間を要した等にも拘わらず、血小板凝集も見られなかったし、採血針を抜いた後の止血もスムースだった。血小板に異常がある兆候は今のところ見られない。
 心配なら、より精密に調べる事も出来るというお話でしたが、先生の説明に納得がいったので、今は必要ないだろうと思います。

 今のところ、テツコちゃんは血小板減少症を疑われてはいません。
 単なる杞憂で良かったです。

 点滴効果で、テツコちゃんの状態は上向きです。
 体重も一昨日より200g増え、体温も38度台に回復。
 暫くは毎日、通うことにしました。長引くようなら、自宅で皮下点滴をするように切り替えます。

猫の老衰死

 2015/9/20 NHKスペシャル「老衰死 穏やかな最期を迎えるには」 の続きです。

 こちらのサイトに番組の内容が一部掲載されていました。
 ・NHKニュース おはよう日本「老衰死 穏やかな最期とは

 番組は幾つかの疑問に応えてくれました。
 詳しく知りたければ、あとは文献や本を読めばいい。

 人も猫も観察による老衰の過程には共通点がありました。
 ・カロリー摂取量に変化はないのに、体重が減少していく。
  食事が体重維持に結びつかないと、生命維持が難しくなる。
 ・食べなくなると『最終章(芦花ホーム 石飛幸三医師:平均1週間くらい)』

 その時、体に何が起きているのか?
 老衰のメカニズム(ジョンズホプキンス大学のニール・フェダーコ教授):
 細胞の減少が臓器の萎縮を引き起こす。細胞が消滅した部分が確認されている。
 (細胞が老化すると分裂を止める。
  小腸にあるじゅう毛は栄養素を体内に取り込む役割を果たしている。
  じゅう毛や腸内の筋肉が萎縮すると、栄養素をうまく吸収することができなくなる。)
  腸内の細胞減少が→体重の減少→食事機能の停止になっていく。

 そういう研究結果や調査結果を反映し、2012年、日本老年医学会は11年ぶりに立場表明を改定し、高齢者の終末期医療のあり方について、経管栄養は慎重に検討されるべきで、治療の差し控えや治療からの撤退も考慮すべきとしています。
 番組では老衰の場合、経管栄養してもしなくても、患者の存命率に差異はなかったと言っていました。

 参照:
 ・高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン 人工的水分・栄養補給の導入を中心として(平成24年6月27日)
 ・「高齢者の終末期の医療およびケア」に関する日本老年医学会の「立場表明」2012
 『胃瘻造設を含む経管栄養や、気管切開、人工呼吸器装着などの適応は、慎重に検討されるべきである。すなわち、何らか
の治療が、患者本人の尊厳を損なったり苦痛を増大させたりする可能性があるときには、治療の差し控えや治療からの撤退も選択肢として考慮する必要がある。(2ページ目)』

 気になる死の痛みや苦しみについては、脳細胞も減少によって萎縮しているので、不快感や痛みを感じる機能も低下しているので、それほど心配する必要はないようです。
 福豆さんが階段を滑り落ちた時、平然としていたのは、こういう事と関係あるようですね。

 老化と炎症は密接な関係があるそうで、、インフラ メイジング(inflamm-aging=炎症inflammationと老化aging)という造語まであるそうです。老化と炎症が一番興味深いところです。福豆さんも晩年、外耳炎が耳血腫にまで悪化しました。

 京都大学「免疫老化のメカニズムを解明しました」によると、
 『今回の研究で本研究グループは、PD-1というマーカーによって若齢時には存在しないが加齢に伴って増加する全く新しいTリンパ球集団の同定に成功した。
 通常Tリンパ球は病原体などの外来抗原に反応して増殖し、リンフォカインと呼ばれる多様な生理活性因子を産生して、抗体産生、キラー細胞誘導、炎症反応などの免疫反応を起こす。
 しかしこのPD-1陽性Tリンパ球集団はそのような獲得免疫応答能を完全に欠質し、かわりにマクロファージなどの自然免疫系の細胞が作るオステオポンチンという強力な炎症性サイトカインを大量に産生することがわかった。
 (中略)
 つまり免疫老化は、これまで考えられてきたようなTリンパ球集団の全体的な機能劣化によるものではなく、PD-1陽性Tリンパ球の割合の増加によってもたらされると考えられる。

 番組では、この炎症性サイトカインが周囲の細胞を次々に壊して細胞が減少し、組織の萎縮を引き起こすように説明していました。「老衰」が自然の摂理で、死に至る自然なメカニズムであると納得する助けになりました。
 もっと早くに、「老衰死」について勉強しとけばよかったですね。

 食べて排泄もちゃんと出来る福豆さんが、ある時期から恐ろしいほど痩せていくのを見て、私は怖かった。苦痛もないように見える福豆さんが平常心で最後の時間を生きているのに、私はちゃんと歩調を合わせられませんでした。「年だから」というのは何の説明にもならないと思っていました。食べたものが身になりさえすればと、抗いようのない事に抗う気持ちがどこかにあった。それ、いらないものでした。
 それが心残りです。 
 福豆さんに心残りはなかったと思います (^^)

2015/9/20 NHKスペシャル「老衰死 穏やかな最期を迎えるには」

 今夜9時から、NHK総合「老衰死 穏やかな最期を迎えるには

 我家の福豆さんは18日朝に逝き、2日2晩自宅に安置して、お彼岸入りの今日、20日に埋葬。此岸の煩いから解き放たれて、彼岸の猫となりました。老衰死でした。
  亡くなる数日前まで食欲があったので、点滴に依存せず、原因不明の内出血に止血剤で対応するだけで過ごしていました。ただ、レバーの素茹でのそぼろや、秋鮭のフレークをガツガツと食べても、肉も筋肉もどんどん落ちていき、頭部まで痩せた姿になっていった。
 最終的には体を支える力が失せていき、死の数日前に寝たきりになった。給餌は嫌がったので無理強いはせず、シリンジで水を含ませました。飲んだり、押し出したりで、ほとんど私の気休めでしかなかった。
 食べない、飲まないは、立てなくなるのと同時進行でした。動けなくなると数日で逝きました。死の直前まで呼吸は安定していて、心臓が動きを止めるまでの時間は長くはなかった筈です。

 でも、呼吸が停止する過程でしんどい思いはするでしょう、だって息が止まるんだもの。昏睡状態に落ちて、苦痛は感じないと獣医師も人間の医師も言いますけれど・・・。福豆さんの死の行程は、確かに穏やかな安定したものに見えました。でも、私に何がどれだけ分かっていたというのでしょう?すべては推測で、私は傍から手を貸し、様態の変化に応じて寝床やトイレ(部屋の半分はシートを敷いていました。)をセッティングしていきましたが、それら一つ一つが適切であったかどうか、自信はありません。
 段階を踏んで衰えていく福豆さんの傍らで、私のその時、その時の判断が正しかったのか、間違っていたのかは分からない。私は確信のないまま、福豆さんを後追いして、よかれと思うことをするしかなかった。

 お日取りよく、お彼岸入りに福豆さんを送り出した後、よくある事ですが、私の自問自答はそのままなので、NHKスペシャル「老衰死 穏やかな最期を迎えるには」に若干、期待しています。
 どこまで私の疑問に答えてくれるかは分かりませんし、正解はない話ですが、この問題を考えるヒントは与えてくれるでしょう。無論、人間の老衰死がテーマの番組ですが、登場するお年寄りの証言や医師達の研究結果や証言が、ペットの死にも参考になることは間違いありません。

 ペットも長寿時代です。
 皆様も是非!必見です!

 
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2014年4月下旬頃の福豆さん。


こちらは4年前。まだ左耳の耳血腫は発症していませんでした。
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福豆さんの旅立ち

 福豆さん、逝く 享年21歳9ヶ月。

 玄関口の横手から急に姿を現したヘルペス猫、それが出会いでした。
 成猫でしたから、そのとき1歳と勘定して、推定年齢で、正確なところは分かりません。
 口内炎が出て、譲渡対象から外れ、そのまま我家に残りました。
 我家が適正数飼育に切り替わっていったのは最近の事です。
 10年前には未だ10頭近くいました。1頭1頭、順に旅立っていきましたが、福豆さんは他の猫に対してフレンドリーではなかったので、猫生の大半を個室で過ごしたのです。抜歯で口内炎が完治した後、譲渡先を探したほうが彼女にとって幸せだったかもしれません。福豆さんは人や場所の移動にはまったく、珍しいほど動じませんでした。良い飼主さんさえ見つかれば、彼女はなんのストレスもなく、新しい環境に適応したでしょう。

 ・・・・亡くなられると、いつでも後悔の念に苦しめられます。
 もっと一緒に時間を過ごすべきだった・・・
 あれで良かったか、これで良かったか・・・
 処置は正しかったのか、無用だったのか・・・

 不出来な飼主でしたが、マメちゃんの生命力は大したものでした。
 行き届いていれば、もっと長生きしたかもしれません。
 死は最後の大仕事。
 福豆さんは立派にその一生を終えました。

 さよならマメちゃん。
 長い間一緒にいてくれてありがとう。
 さよなら。


2014年4月中旬
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【20を超えた猫たち 2015年】ウニちゃんは22歳

 「希望の牧場」の姉妹団体、「With Cattle」代表の永澤さんのFBから転載。
 永澤さんと22歳の猫のウニちゃんは、私と福豆さんの心の拠り所なんです。

 21歳の福豆さんは、最近、視力を失いました。昨夏頃から稀に階段を踏み外す事がありました。今年に入って、踏み外したまま床に滑り落ちてきましたが、それでも視力の衰えと結び付けては考えなかった。足腰が弱った、体勢のバランスを崩しても瞬時に立て直す機敏さが無くなったとしか思わなかったのです。

 話しかけながら近づいて体に触れると、マメちゃんはビクンとするようになり、階下に降りなくなった。部屋の真ん中で、時々ボケーと立ちすくむ。あらぬ一点を凝視し、身じろぎもしない。マメちゃんの顔を覗き込むと、目の焦点が定まっていない。
 見えないのか?
 遅まきに、私は視覚聴覚の障害を疑いました。
 嗅覚は未だあるらしいんです。嗅覚頼りに、お皿に近づいて行って、しかし、マメちゃんがお皿に鼻をぶつけるのを見て、私は全盲を確信した。

 ご長寿ペット表彰イベントでは寿命が延びていて、27歳猫が複数、登場するようになった。でも動物病院の患者(犬猫)で20歳を超した猫はやはり珍しいそうです。余り病院に行かなくなる。20以上になると、多かれ少なかれ加齢による衰えは当たり前。獣医師の中には、ワクチン接種は控えたほうがいいという意見もありますし、健康診断なんかも意味がなくなる。獣医さんも飼主も、年寄りをあまりイジクらないで、苦痛なくのんびりとお迎えを待てばいいという考えになるんですね。
 食べて飲んで、自力排泄が出来てれば上等。
 もう、お迎えが近いというか、お迎えに向かう最後の日々を過ごしている。「老衰の最終段階を生きる」とでも言うのかな?生物は命あるもの、死すべき存在。

 20を越すペットの飼主は少数派で、「前人未踏」領域に入り込んだようなものなのです。
 獣医療の射程外に出てしまった按配で、老衰最終段階の日々を語り合う相手は、同じ高齢猫の飼主さん以外にいない。

 永澤さんとこのウニちゃんが、福豆さんより1歳年上で、ウニちゃんの姉妹猫も21まで生きたと知った時には、心頼みに気持ちがドドッと傾斜。FB上で高齢猫の飼主さんグループを作らないかと持ち掛けました。データーベースにもなるし、これから20超えする飼主さんの参考にもなりますしね。
 永澤さんと2人だけではグループ作る意味がないので、飼主さんはコメント欄にご連絡下さい。

 ウニちゃん、福豆さんより先に逝かないでね!




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 うちの不死身ねこ、うにちゃん22才。

 数日前から調子が悪く点滴していた。
 老猫うにの様子が気がかりのまま24・25日と那須に出かけ、たまたま早く帰宅した25日、何時もの通りに全員のお迎えにホッとしたのもつかの間、うにが吐きはじめた。5〜6回。
 それでも、私が帰ってきて安心したのか吐きながら2階にあがって行った・・と気配を感じ犬のりんちゃんのお散歩先にしようかなと考えたとたんに、どん!と音がして、もるとが2階に駆け上がった。その後を追って行くと、うにが階段から身体半分落ち、硬直し舌は口から垂れていた。目はかっと見開き、肉球も耳も冷たい。
 震える手で点滴!点滴!点滴だ〜!点滴しながらうにの肉球を温める。

 何本かの点滴のあと
 「うにちゃん!死なせないからね!」
 と言ったとたんに、肉球を温めていた私の手を握った。顔を手のひらに乗せると嫌がった!
  「これは、いけるかも!」
  普段から無意味な延命はしないと決めていたが、この時は何でも良いから戻って来いと思った。

 それから30分もしないうちに、うには2階の大好きな息子の部屋に上がって行った。
 お花畑に遊びに行こうとした時に、私の声が聞こえたはず。昨年逝った兄妹のキャビちゃんが、まだ来るなって追い返してくれたはず。



【福豆さん 2014年夏】食欲回復しました。

 福豆さん、大事に至らず体調を回復しました。
 体重が2.2キロに落ちていますが、食欲を回復しています。
 小皿のキャットフードが空になっていたので、あの不調は何が原因だったのか、今もよく分かりません。
 血液検査の結果は問題なく、貧血傾向も見られませんでした。
 耳垢は4日間の点薬以降、発生していません。耳血腫再発ではなく、細菌感染が原因だったようです。
 夏の暑さにも拘らず、ダンボール・マンションで過ごすことが多かったのですが、中で吐いていました。
 不衛生になり、こもった熱気で細菌が繁殖した模様。
 ダンボールマンションは廃棄。代わりに洗浄した後、日光消毒した籐籠ベットを提供。
 マメちゃん、使っていないようなんですが(笑い)。
 マメちゃんの部屋で寝るようにしたので、私の布団の上で過ごしています。
 脱水というほどの脱水も起こしてはいなかったのですが、皮下点滴をして貰って帰ってきました。
 あの転倒はなんなのだ・・?単なる夏風邪の類?
 足元は年相応に何となくふわふわした感じですが、不調の時と異なりしっかりしています。

 ただ、腎不全を示す数値は若干、上がっていました。
 お年だから仕方ないですね。
 腎不全とはつきあいなれているので、先の見通しが立つ安心感もあります。
 理想は老衰で眠るように旅立ってくれることなんですが・・・
 テツコちゃんが2晩ほど侵入してきましたが、3日目から聞き分けてくれました。
 テツちゃん、今は一人で寝ています。
 彼女はベタベタさんなので、涼しくなったら、私はカンガルー・ママに変身しようかと考えています。
 エプロンに大きなポケットをつけて、テツちゃんを入れて家事をすればいいかなと(笑い)。

 マメちゃんをご心配頂いた皆様にご報告まで。
 

反原発DAY、急遽転じて”猫見守りDAY”:福豆さんは21

 「7/20 さよなら島根原発!大集会」参加出来ませんでした!
 すべての予定は猫次第!
 昨夜遅く、福豆ちゃん、階段を踏み外し転倒したのです。
 骨折等はありませんでしたが、躊躇いが生じ、1日留守にする気は萎えました。

 最近、止血剤服用の間隔を1日半ー2日に延ばし様子を見ていたら耳血腫を再発。服薬を1日間隔に戻し、点薬で耳垢は改善され、それで体調を回復したと思っていたのですが、一昨日から食欲が落ちてきた。20日は行けるだろう、行ってしまう!死にゃしないさ!と思っていたのですが、後ろ髪をひかれる思いが嵩じてきた。体内時計はすっかり遠出モードで、今朝は5時過ぎには目が覚めたのですが、・・・断念しました。
 
 マメちゃんは21歳。おばーさんです。後期高齢猫も通り越し、老衰の域に達します。足元がボトボトしてきました。つい昨日まで、軽やかに階段を駆け上っていたように思うのですが、数ヶ月は猫には長い時間なのかも・・
 老いの階段を一段上っただけなのか、疾病が原因の衰えか・・
 暑い日が続くし、脱水が食欲不振の原因かもしれません。
 向き合う時、ブラッシングする時、ハグする時、 ブラッシングの猫グシにすりすりするマメちゃんに、どこか”遠い感じ”がするの。この”遠い感じ”は”無反応”に通じるヤバイ兆候です。マメちゃん、何か抱えてる!一時的なものか加齢によるものかは、病院に行かないと分からない。
 連休中も診療している動物病院があるので、いざとなれば駆け込みます。

【追記:皮下点滴ではどうもならないかもしれない。
 原因不明の内出血による吐血、喀血を止血剤で抑えてきたのですが、その疾病が進行したという事かもしれない。
 21歳なので、お迎えが音もなく近付いて来たという事かもしれません。
 とまれ、福豆さんの傍にいます。

 幾つかの事件については深夜、簡単に記し、当分ブログ更新はしません。 】


「7/20 さよなら島根原発!大集会」の参加者は、主催者発表4100人。5000人には届きませんでしたが、大盛況だったそうです。参加された皆様、お疲れ様でした!
 本日のパレードの動画がこちらです。

テツコちゃん、元気です。

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葉桜の季節になると、つつじの蕾がふくらんできます。

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テツコちゃんは元気になりました
慢性化した便秘症状が巨大結腸症を引き起こし、切除手術を受けたテツコちゃん。
先生のご説明では、切除した部分も完全に伸びきって、機能を失っているわけでは無かったそうです。
今までのところ術後は順調で、食欲、排便等に問題は見られません。
口腔内の血色も戻ってきました。
もっとも結腸の一部を切り取ったので、体が適応するまで何ヶ月もかかります。

テツコちゃんはあまり動かない猫でして、福豆さんやチョットちゃんは、私と一緒に動き回ります。
それに比べると、テツコちゃんは動きが少ないかな?
いばりん坊で、福豆さんの頭部に丸いハゲを発見。皮膚にひっかき傷が !
私の留守中、やったらしい。テツコちゃん、あんた性格悪いよ!

チョットちゃんは温和なバランスのとれた性格です。
テツコちゃんの術後、3週間ほど福豆ちゃんの部屋で一つホットカーペットを分け合っていました。
2つコタツをしつらえたので、トラブルは生じなかったようです。
私の後を追いまわす2匹の距離が近寄った時、
チョットちゃんは福豆さんを舐めようとする仕草を見せました
いい奴なんだ! 
かたやテツコちゃんは、執拗にガン付しうなり倒します。
その性格、なんとかならんかね?

今のところ、テツコちゃんの便は柔らかです。
毎日、ビニール袋に拾った便を押さえて確認しています。
便秘を侮るなかれ!出にくい様子を目撃したら、早めに投薬で症状を改善しましょう!

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我家では高齢猫用のキャッツフードをお湯でふやかしたものと、乾燥したままのもの2皿を置餌しています。
食べ過ぎる程の量は置きません。
ご馳走(魚の素茹でとか、魚肉の缶詰等)は与えません。
与えると、もろ血液検査の数値に反映します。
稀~にカツオブシ一袋、素茹でのカツオのかけら三口づつを出すことはありますが、
1ヶ月に1,2回あるかないか。
お陰様で、我家の高齢猫は20を超した福豆さんも含め、血液検査は正常範囲内に収まっています。

飼主と飼猫、一緒に年をとっていく毎日です。
自分が年をとると、子猫や若い猫はごめんですね。

テツコちゃんの抜糸

 テツコちゃんの容態の続報です。

 今朝、抜糸しました。
 慢性化していた頑固な便秘の、私の対応が遅れた為、体力を失った状態での手術となり、予後が不安でしたが、幸い、 回復は上昇線を辿り、食欲も出てきました。
 見た目にも分かるのですが、今日の血液検査で貧血が確認されました。

 RBC : 476 (基準値 500~1000)
 HGB : 7.4 (基準値 8~15)
 HCT : 21.7 (基準値 24~45)

 血小板や白血球に異常はありません。
 検査値は不安な数値ではありませんが、これがじわじわと下降していくかどうか、注意が必要です。
 食べても栄養が吸収されるかどうかはまた別。先生によれば、術後、体が順応するのに数ヶ月かかるそうです。

 カラーのとれたテツコちゃん、帰宅すると、すごい気合でお皿に向かっていました!
 生きる力は素晴らしい!テツちゃん、頑張れー!!!

 まぁ、しかし、私は楽になります。
 昨日は疲れが溜まって、余裕を失い、ムスッと不機嫌でいました。
 ・・・

テツコちゃんの容態

 テツコちゃん、退院出来ず。低体温35度。回復出来ねば死に至る。
 手術の時期がもっと早ければ問題なかったと思う。
 月曜の手術前の空白の週末2日間がたたった。
 その間、体力を失い、そのまま手術。その時点では、体力回復するのにに手術は回避できなかった。
 便秘由来の巨大結腸手術。
 私の措置が遅く、判断ミスで危険な状態になった。

 もし、1日早く病院に連れて行っていれば・・・、週末にかからず、金曜日に手術が出来たかもしれない。
 もし、週末を待っていないで、町の動物病院をあたっていれば・・・、手術引き受け可能な病院があったかもしれない。
 
 泣いても叫んでも、起きたことはやり直せない。
 取り返しのつかないことがある。

 皆様も私のミスを参考にして下さい。
 同じ過ちを踏まぬよう。

 ペットの状態を一番知っているのは飼主だ。
 症状を観察していて、どの時期に獣医療機関に繋げていくか判断するのは飼主責任。
 こんな事態になるとは思わなかったが、省みれば、便秘ということで少し軽く考えていた。
 それが命取りになりかねない状況です。
 今日はもう、退院は問題外になった。


【追記 3/9】金曜の午後、テツコちゃんは退院しました。
 体温が回復し、表情もしっかりしてきたので、自宅で予後のケアが出来る状態です。
 テツコちゃんは12年前、我が家に来た時から、脂肪でお腹が垂れ下がっていたのですが、それがとれて体型がスリムに。個室に入れた途端、テツコちゃんは歩き回ったのですが、後ろ左肢に異常を発見。脛骨と腓骨の部分が床につく歩き方で、歩く方向を向いたつき方でもありません。入院中は寝ていたので、誰も気が付きませんでした。
 この異常は今まで何十頭を看護してきて見たことがあります。原因は複数考えられるものの、検査で確定出来なかったケースもありました。

 直ぐに先生に電話で報告すると、先生の態度が一変、血栓が疑われるので、つま先が冷たくなっているかどうか確認するよう指示されて、触ってみたが体温低下は見られませんでした。血栓なら大きくなるリスクが想定され、薬で溶かす事が出来るから、「今すぐ来て下さい」と言われそうな気配。私は実家に行く時間が迫っていました。こちらでも認知症患者が私を待っています。月曜の朝一に受診のアポを入れました。
 翌、土曜の早朝、心配してくださった主治医からの不在着信が携帯に入っていましたが、気付いた時は午後で、連絡がつかず、月曜まで待つ事に。

 治療スタッフはテツコちゃんの体力低下は回復すると想定してらしたのか、飼主ほど心配してらっしゃらなかったのですが、実際、少しずつ元気になっています。土曜日、トイレも使い、小さなオシッコと柔らかな小さな便が出た時は感動的でした。帰宅後、餌は微量ながら自分で食べます。水を飲まないので、こちらは給水。入院中、点滴をしていたので、1日、2日で脱水の危険性は少ないと言われていましたが、目安として1日150~200㏄の水分摂取を心掛けています。

 土曜から1回30㏄位は受け付けてくれるようになりました。こだらかしながら、時間をかけてですが。
 退院初日の夜はこまぎれの睡眠となり、こちらがグロッキーに。昨夜は爆睡。カラーをつけたテツコちゃんが私の布団に出たり入ったりしていたようですが、寝入った者勝ち(笑い)。朝まで起きませんでした。
 骨が浮き出るほど体重が減っていますが、体力自体は順調に回復しつつあります。
 来週木曜日にはカラーもはずせるし、食べる、飲む、排尿排便に問題はなくなる見通しです。

 歩行も脛骨と腓骨の部分が立つことが多くなってきました。とまれ、明朝の検査診断の結果を待ちます。

【追記 3/10】歩行は正常に回復、肢の体温も異常がないので、血栓の疑いはないということで、受診に行く必要はなくなりました。今朝、テツコちゃんは自分でお水を飲み、腹減った、メシと起こされました。元気です!
 後は抜糸のみ、カラーがとれればストレスから解放されるでしょう。私もカラーでつつかれずに済みますし(笑い)。 抜糸まで必要なのは、投薬とお尻を拭いてあげること、カラーをはずして餌や水を飲むタイムに付き合う事くらいですね。 

便秘由来の巨大結腸手術

 我が家のテツコちゃん(♀14才)が、便秘由来の巨大結腸手術で入院中。
 チョットちゃんには1階に下りてもらい、退院後の個室の準備をしています。
 退院後のケアもあり、暫くは家に居るようになると思います。

 痛い出費です。
 貧しく呑気に過ごしているわけにもいかなくなりました。
 単発仕事を探そう!ゴースト仕事(?)、今は中々スタッフとして割り込むのも難しい。
 ではでは・・・
プロフィール

チッチ

Author:チッチ
連絡先:℡:090-8609-3689(仲市) mail:anti_nuclear2011311@yahoo.co.jp
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