たった一人の抵抗−熊谷あさこさんは金に換えなかった


【記事再掲】
 故熊谷あさ子さんは大間原発建設に反対し、最後まで自分の土地を売らなかった。一人になってもあさ子さんは自分の土地を離れなかった。その他の土地の共有権を放棄するよう電源開発が提訴すると、あさ子さんは原発工事差し止めを求めて電源開発を提訴し返した。

 家族を巻き込みたくないと、熊谷あさ子さんは最初、お子様達に何もお話にならなかったらしい。
 自然の中で働き、生きてきたあさ子さんは、臆することなく一人で国と電力会社を相手取る。
 原発と生きることは問題外だった。お金では買えない、売れない、自然の恵みを選択した熊谷あさ子さんの意志は、そのまま4人のお子様たちに引き継がれ、土地はあさ子さんの死後も売却されていない。

 「あさこはうす」は脱原発の生きた証となった。
 「大間原発訴訟の会」の原告の一人である長女の小笠原厚子さんは月の半分を「あさこはうす」で過ごし、「手紙を送って!」と呼びかける。

 039-4601
 青森県下北郡大間町大字大間字小奥戸396
 あさこはうす内 小笠原厚子様

 おはがきを出しましょう!



熊谷あさ子さん死去 大間原発建設予定地の地権者
2006/05/20 13:18 【共同通信】

 熊谷あさ子さん(くまがい・あさこ=大間原発建設予定地の地権者)19日午後10時29分、青森県むつ市の病院で死去、68歳。死因は不明。
 青森県出身。自宅は青森県大間町大間細間10の4。葬儀・告別式は23日午前11時から大間町大間大間98、福蔵寺で。喪主は二男正彦(まさひこ)氏。  

 「大間にはマグロやコンブがとれる宝の海がある」と、電源開発(東京都)が計画している大間原発に反対。半農半漁の暮らしを続けながら土地買収を拒否し続け、電源開発は炉心の位置をずらすなど異例の対応を迫られた。
 電源開発は土地の明け渡しを求め、熊谷さんを提訴。熊谷さんも工事差し止めを求め電源開発を提訴し、訴訟合戦を繰り広げていた。


【小笠原厚子さん】
 熊谷あさ子さんの4人の子どもたちの長女。2002年から母とともに大間原発の反対運動に関わる。現在は函館の隣の北斗市に住みながら月の半分を大間で過ごし、あさこはうすのまわりの畑で野菜や花を育てている。
 「大間原発訴訟の会」の原告の一人。あさ子さんとは違う方法で土 地を守り続けている。その一つが「あさこはうすに手紙を送って!」で、「郵便物があれば配達の人が出入りし、ここに人の暮らしがあることを示せ る」ということだ。

 039-4601 青森県下北郡大間町大字大間字小奥戸396 あさこはうす内 小笠原厚子




【プルサーマルの現場を歩く】上.大間原発と函館市民 高まる不安に応えぬ国
北海道新聞 現代かわら版(2009/05/19)

 建設中の電源開発・大間原発。手前の赤白のクレーンの付近に原子炉建屋が造られる。緑色のフェンスの敷地境界のすぐそばに民家がある

 原発の炉心から約250メートルにある故熊谷あさ子さんのログハウス。今は長女の小笠原厚子さん(中央)が守る

 原子力発電所の使用済み核燃料からプルトニウムを取り出して燃料に使うプルサーマルが、来年度にも北電泊原発3号機(後志管内泊村)で実施される。ただ、安全性や経済性への懸念は残り、使用済み核燃料再処理施設や大間原発など、プルサーマル関連施設が集まる青森県下北半島周辺の函館や岩手県からも不安の声が上がる。(川村史子)



 直線わずか18キロ 「初めて尽くし」注目度高く

 マグロ漁で知られる下北半島北端の町、青森県大間町。函館市戸井とは津軽海峡を挟んで直線距離で十八キロしか離れていない。晴れた日には、函館の市街がくっきりと見える。

 函館からフェリーで大間港に入る直前、海に面した丘に電源開発(東京)の大間原発(出力百三十八万三千キロワット)の建設現場が見えた。工事は昨年五月に始まり、現在は地盤工事の最中だ。五年後の二〇一四年十一月の運転開始を予定する。

 大間原発は「初めて尽くし」といわれる。水力や火力発電が主力の電源開発が建設・運転する初の原発であり、普通の原発では世界で初めてプルトニウムとウランの混合燃料(MOX燃料)100%で運転する。国のプルサーマル計画を支える原発として注目度は高い。

炉心そばに民家

 約百三十ヘクタールの原発敷地のほぼ中央にある約一ヘクタールの民有地に、小さなログハウスが立つ。原発の炉心からわずか二百五十メートル。原発建設に反対し、三年前に六十八歳で亡くなった故熊谷あさ子さん名義の土地だ。今は函館に住む長女の小笠原厚子さん(54)が月の半分をここで暮らし、母の愛した家と畑を守る。

 「海の恵みがあれば生きていける」。地元の漁師の家に生まれた熊谷さんは、がんとして用地買収に応じなかった。そのほかにも熊谷さんは建設現場に通じる道路上にある土地も共有しており、電源開発は〇三年、共有権を明け渡すように熊谷さんを訴えた。

 熊谷さんは青森地裁、仙台高裁で敗訴し、〇六年四月に最高裁に上告した。だが、それから間もなくツツガムシ病で急死。同年秋に敗訴が確定した。五月十九日は熊谷さんの命日だ。

 ログハウス周辺では建設工事のつち音が響く。稼働すれば、炉心の至近距離に民家があるのは世界的にも異例となる。「ここで暮らすからこそ、物を言う権利もあるはず」。母の遺志を継いだ小笠原さんは年数回、ログハウスでの暮らしや大間原発の建設状況についてまとめたミニコミ紙を発行している。

隣でも「対象外」 電源開発 住民向け説明会「予定ない」

 大間町の対岸の函館市では、市民の間で大間原発への不安が高まりつつある。

 大間原発で使うMOX燃料は、放射能が強いプルトニウムを多く含む。脱原発を目指す市民団体「原子力資料情報室」(東京)は「重大な事故が起きれば、通常の原発の二倍の距離まで放射能の影響が及ぶ可能性がある」と警告する。函館海洋気象台によると、五月から九月にかけて大間方面からの東南東の風がよく吹く。

 市民団体「大間原発訴訟の会」(事務局・函館)は、大間原発の設置許可を取り消す異議申し立てを昨年六月、経済産業省に行った。申立人には全国から約四千五百人が参加、うち二千百五十四人を函館市民が占めた。

 同会代表で、函館市内の商店経営竹田とし子さん(60)は電源開発に、住民向け説明会の開催を粘り強く訴え続けている。「事故があれば函館にも被害が及ぶのは明らか。最も甚大な影響を受けるのは若者や子供たちです」

 これに対し、国は「防災対策を重点的に充実すべき範囲」(EPZ)の基準を、原発の周囲八−十キロとしており、函館はEPZの対象外とする。電源開発は「今後も函館の市民向けに説明会を開く予定はない」(本社広報室)という。



プルサーマル 北電は来年度実施

 日本政府はエネルギーの自給率を高める目的で、原発から出る使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、燃料として利用する「核燃料サイクル」を国策とする。

 プルトニウムをウラン酸化物と混ぜて作ったMOX(モックス)燃料を、普通の原発で使うのがプルサーマルだ。18日現在、地元了解を得て2010年度の実施を予定する原発は、北電泊原発3号機など7社9基ある。

 国がプルサーマルとともに目指すのが、消費した燃料以上のプルトニウムができるとされる特殊な原子炉「高速増殖炉」の開発。しかし原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)は1995年に事故を起こして長期停止中で、実用化のめどは立っていない。

 米国ではオバマ政権が、コストや安全保障の観点から、使用済み核燃料の再処理施設と高速炉の建設中止を決めている。

 日本では、電力会社が主要株主の日本原燃が青森県六ケ所村に、建設費2兆1930億円をかけて使用済み核燃料再処理工場を建設、06年3月に試運転を始めた。同工場の今後40年間の再処理にかかる費用は約19兆円と試算され、電気料金に上積みされる。


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