<エンジェルズ「ずばり一言」>「緊急災害時動物救援本部に異議あり」の嘘


【記事再掲】
<エンジェルズ「ずばり一言」>「緊急災害時動物救援本部に異議あり」の嘘 [2012年10月27日(Sat)]

 先回の記事を一部繰り返します。
 どうぶつ救援本部(=緊急災害時動物救援本部)の第3期義援金交付申請受付は8月10日に締め切られ配分先は未だ公表されていませんが、エンジェルズ林俊彦のブログ「ずばり一言」によれば、エンジェルズの申請は却下されました。多分、本当でしょう。
 交付金に未練たらたらで卑しい不満に嘘を交え、「エンジェルズにも義援金を配分するよう」本部に抗議せよと煽動しています。さもしい奴ちゃね、つくづく。

今回は本部も適正な審査をなさったようです。
 2011年10月31日付で本部が第2期義捐金交付先団体一覧を公表した時、私も仰天しましたし、動物愛護関係者から本部に対し非常に厳しい意見が続出しました。本部内部でも反対する意見は強くあったそうですが、当時は未だ多忙をきわめていた時期です。

 審査の不備を批判された本部は、情報提供を公募する文書を公開。憤死せんばかりだった私も気を取り直し、被災地におけるエンジェルズのレスキュー実態調査資料を提供しました。
 

*****************


≪義援金の交付先の公開について≫
http://doubutsukyuen.org/main/wp-content/uploads/2011/12/15f72d4c1a63f8697aa67d884867ac08.pdf

 この度、義援金の交付先を本ホームページ上で公開したことに伴い、義援金の交付先として相応しくないと思われる団体に交付がなされており、交付審査に疑義があるというご意見を複数頂戴いたしました。この場をもちまして、審議の枠組みならびに交付先公開の趣旨についてご説明申し上げます。

 義援金の交付の可否の審議に際しては、形式的な書面審査に留まらず、救援本部のメンバーが現地に赴き、実際の活動状況を視察した上で決定しております。
 その結果、全く交付しなかった団体、或いは申請額そのものではなく相当額まで減額した団体もあります。
 また申請団体の中には、過去の活動歴に問題のある団体もありました。
 そのような団体に対してはより慎重な調査を行ったことは当然ですが、最終的には、今回の震災に際して被災動物の保護活動を真摯に行っているかどうかという点に重きを置いて交付の可否を決定しました。

 交付先及び交付金額を公開した目的は、義援金をお送りくださった方々に対する報告であり、より一層の支援を仰ぐというものですが、同時に、義援金の交付を受けた団体がきちんと被災動物の救助を行っているかどうかを、皆様に監視・監督していただくという意味合いも含まれております。

 救援本部としては、出来うる限り適正・公平で有効な義援金の配分を心掛けておりますが、なお至らぬ部分については、皆さまのご協力を仰ぎたいと考えております。
 救援本部が看過してしまった問題点がある場合も、時間の経過とともに交付先団体の活動が変容してしまう場合もあり得ます。
 お気づきの点があれば、救援本部に情報・ご意見としてお寄せくだされば幸いです。
 十分に吟味し、救援本部の今後の活動に役立てて参りたいと存じます。
 今後とも、何卒、ご理解、ご支援のほど宜しくお願い申し上げます。

平成23 年12 月1 日
緊急災害時動物救援本部
業務推進部長 会田保彦


*****************


 エンジェルズ「ずばり一言」
「緊急災害時動物救援本部に異議あり」
 http://angels1947.blog104.fc2.com/blog-entry-329.html
について、幾つか簡単に指摘しておきます。

1 交付金配分申請にあたって、「自治体等関係機関による意見書の添付」が必要でしたが、本部が後で調べたところ、自治体の中には「来る者は拒まず」式に、求められれば相手かまわず意見書をくれてやる市町村があることが判明。チェック機能になっていませんでした。)

2 エンジェルズが義援金の配分を受けたのは、第2期だけです。第1期は受けていません。
  参照:「どうぶつ救援本部ー義捐金交付先」
      http://doubutsukyuen.org/main/index.php/delivery

3 本部スタッフ全員が目の回る忙しさの中、公益社団法人日本動物福祉協会から1名がエンジェルズ滋賀シェルターに視察に行きました。多忙をきわめた当時、大きな負担です。
 エンジェルズだけですよ、わざわざ施設査察を実施したのは。それだけマークされていたということです。残念ながら、これで逆に申請を却下出来なくなったのではないかと思います。エンジェルズシェルターを理由に断れば、他の良い団体も施設状況を理由に断らねばならなくなります。
 改めて協議を重ねる時間も余裕も、当時の本部にはなかった。

4 『「原告の会」との訴訟問題』についてエンジェルズ・林は手前勝手な解釈をしていますが、判決で寄付金詐欺が認定されなかった理由はただ一つ、法律の不備。
 現行法の枠内では、寄付は100%自己責任と定められている。現実に起きている犯罪に法律が対応出来ないのですね。
 裁判所は法律の枠を超えたことはしませんから、出来ないことはやらず、出来る事をやった。それが「信義則違反」の認定です。募金者として、エンジェルズは失格と認定したに等しい。

 そんなのに義援金を分けてやるわけにはいかんでしょう?
 林の辞書に「信義」という言葉はない、だから判決も理解出来ないわけだ。

 「当団体が上告し、現在、最高裁の判断待ちである。」「原告の会の上告は却下されており、当方への判断はまだ出ていない現状であります。」というのは林の嘘です。
 「原告の会」は上告せず、林の上告は棄却され、控訴審判決は確定しています。
 控訴審判決は2011年12月9日、林の上告棄却により判決が確定したのが2012年2月16日。
 「どうぶつ救援本部」公式サイトで第3期義援金交付の受付開始がアナウンスされたのは、2012年07月07日です。その時には裁判は終了していました。
 
 *原告の会公式サイト「裁判資料」を参照のこと。
  
 「訴訟は継続中」というのは林の嘘です。
 すぐばれる嘘をつかずにはいられないのは、これはもうほとんど病気です。

 あと、林の恨み節に出てくる埒もない誹謗中傷がありますが、それには取り合わないでおきましょう。


 蛇足ながら、佐上の名誉毀損事件の公判で、弁護士に「エンジェルズのどこがそんなに素晴らしいんです?」と聞かれ、佐上は「エンジェルズは救援本部にも認められる活動をしていて、義援金配分も受けている」と、ちゃっかり本部の社会的信用を利用していました。
 こういう「信用の仮装」に悪用されないためにもね、配分してはならないのです。

 (2012年12月26日追記:佐上氏主宰「どうぶつ基金」から早速、ご訪問のようです。素早いですね。余程、気になるのでしょう。)

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「永山則夫 100時間の告白」〜封印された精神鑑定の真実〜


【記事再掲】
「永山則夫 100時間の告白」〜封印された精神鑑定の真実〜 [2012年10月16日(Tue)]
 先週、NHK「ETV特集」を観ました。

 「永山則夫 100時間の告白」
  〜封印された精神鑑定の真実〜
  http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2012/1014.html

 永山則夫連続射殺事件のことは覚えているし、その後の経過も所々、記憶にある。
 死刑執行が事後報道された時、社会が今、改めてこの人を殺す必要があったのかと疑問に思ったのを覚えている。永山死刑囚の受刑後の軌跡は永山さんが変わったこと、過去と自分の行為を直視し取り組み続けることによって、自分自身を形成する道程を歩んだ事を示しているような印象があった。それは稀有なケースのようにも感じられていた。
 無論、それは刑務所内という限られた特殊な世界に身を置いてのことではあり、複雑で猥雑な外の世界に耐えうるものであったかは分からない。
 でも、私のように感じていた人は多いのではないか?
 
 最初に発表された「無知の涙」は狂気染みた憎悪に貫かれていて、彼に触れるもの全てが彼の憎しみを増幅させるかのようだった。これでは人を殺して自分も死ぬっきゃないじゃないかと、若い自分は途中で読むのを止めた。憎悪は不毛で付き合いにくい。

 どうやって永山さんがそこから抜け出すことが出来たのか、私には分からない。
 分からないけれど、抜け出したのである。永山さんは獄中でその後も執筆を続け、1983年、『木橋』で第19回新日本文学賞を受賞した。
 その時、日本文藝家協会への入会申し込みを認めるか否かで協会の理事会が揺れ、推薦者である加賀乙彦さんが途中から組織の一員的発言に変節し、個人的発言を控えるようになったので、私は憤慨した。加賀さんは元々精神科医で、拘禁心理学に優れた業績があった。文学に転向した加賀さんを惜しむ声を精神医学研究者から聞いたことがある。秀才だったらしい。
 フランス留学から帰国した加賀さんは東京医科歯科大学で教壇に立ったが、学生諸君が加賀さんのエリート然とした言動に反発し、ボイコット運動を展開。加賀さんはさっさと辞職した、そんなエピソードも聞いた。フランスと日本は風土が違う。帰国直後でフランス式を引きずっていたんだなと、おかしかった。

 少女時代、加賀さんの「フランドルの冬」の愛読者だった私は、当時の加賀さんの去就に反応し、それががきっかけで書店で『木橋』をパラパラと立読みした。「無知の涙」には”ありふれた憎悪”しかなかったが、『木橋』には永山さんという一人の人間がいた。そのことに私は驚いた。
 
 永山裁判第一審は、精神科医・石川義博さんが精魂込めた精神鑑定書を一顧だにせず死刑判決を下し、控訴審は精神鑑定書に依拠し無期懲役判決となった。1990年、最高裁によって控訴審判決は破棄され死刑が確定。逮捕から20年が経っていた。’97年、死刑が執行された時、19歳だった永山さんは享年48歳。

 『木橋』が執筆されたのは、1981年の東京高等裁判所の無期懲役判決から、1990年の最高裁判所判決の間だったようだ。精神鑑定医だった石川義博さんは、鑑定書が一顧だにされなかった第一審判決の後、鑑定医を辞めている。

 第一審に生かされなかった精神鑑定書だが、永山則夫さんは手製のビニールカバーをかけ、繰り返し読んだ。石川義博さんはそのことを知らされていなかった。
 番組の最後、石川さんに永山則夫の遺品となった精神鑑定書が手渡される。鑑定書は何度も何度も繰り返し読んだ痕跡ーアンダーラインや書き込みーが残る。石川さんの仕事は裁判所からは拒否されたかもしれない。しかし、永山さんご本人が受け止めたのである。

 石川さんの労作を、受刑中の永山さんは糧とした。
 永山さんの服役中の軌跡が、改めて忘れ難く思われる番組だった。 
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