朝日新聞【プロメテウスの罠】希望の牧場シリーズ 4

 ・朝日新聞【プロメテウスの罠】希望の牧場シリーズ 1~10
 ・朝日新聞【プロメテウスの罠】希望の牧場シリーズ 11~20
 ・朝日新聞【プロメテウスの罠】希望の牧場シリーズ 21~28



No.1321
29 ベコ・トラ、沖縄行脚

 福島県浪江町の「希望の牧場」代表・吉沢正巳(61)は6月22日朝、那覇市の那覇新港フェリー埠頭(ふとう)に上陸した。牛をかたどった大きなオブジェをトレーラーに載せ、それをワゴン車で引っ張ってきた。
 自称「ベコ・トラ」(牛のトラック)。トレーラーの車体には「原発一揆!」「決死救命、団結!」、大きな拡声機を付けたワゴン車の屋根には「東電、国は大損害つぐなえ」の文字が躍る。吉沢は東京電力福島第一原発の事故以来、全国各地から講演に呼ばれ、被曝(ひばく)牛の実態を訴えてきた。だが、ベコ・トラで沖縄を行脚するのは初めてだった。

 「歓迎 初来沖 連携しよう! 福島×沖縄」「ようこそ」
 埠頭では、原発事故後に京都市から一家4人で那覇市へ移住した西尾舞(にしおまい)(36)が手作りのプラカードを掲げ、長男の淳之介(じゅんのすけ)(8)や次男の龍之介(りゅうのすけ)(5)とともに出迎えた。
 「過激なプラカードは作れませんでした。活動家ではないから」西尾がはにかむ。那覇市内で2日後に開く吉沢の講演会を、生協活動の仲間と準備してきた。住んでいた京都市は若狭湾の原発群から60キロ圏内に位置する。
 「福島第一原発から同じ距離圏の福島市や郡山市から避難した人も大勢います。事故が起きてからでは遅い。原発のない沖縄への避難は、夫もすぐに賛同してくれました」

 吉沢は上陸すると、空路で駆け付けた東京都のコピーライターで牧場サポーターの里見洋子(さとみようこ)(60)らと合流。名護市辺野古に向かった。俳優の故・菅原文太は晩年、病身をおして東京・渋谷の街頭に立ち、演説する吉沢に声をかけ、福島の反原発運動を支えようとした。生前の最後の取り組みが、辺野古の米軍基地新設反対運動への連帯だった。
 恩を返す。遺志を継ぐ。吉沢には、そんな思いもあった。

 「僕たちは原発事故で自分の町が崩れていくのを体験してきた。いま改めて、米軍基地に故郷を奪われた沖縄の人々の長年の苦しみが、理解できるつもりです」 吉沢の演説を拡声機で流しながら、ベコ・トラが辺野古の新基地建設現場に近づくと、反対運動のテント村の人々が拍手で迎えた。テント村の「村長」を務める安次富浩(あしとみひろし)(69)は、吉沢を海辺の監視テントに招き入れ、語った。
 「あなたの話はよく分かる。牛はものを言えない」


No.1322
希望の牧場:30 牛はものを言えない

 「牛は自分の命を助けてくれとは言えないんだ」 6月22日、沖縄・辺野古。米軍基地新設反対運動のテント村で村長の安次富浩(あしとみひろし)(69)は、「希望の牧場」代表・吉沢正巳(61)の言葉に一つひとつうなずきながら、自らの思いを口にしていった。
 「牛の話を、人に置き換えればいい。国が福島県民の命をどれだけ大事にしているかが見えてくる」
 「畜産農家が反対できないことを、問答無用で強行した。今の沖縄の問題にもつながる。当事者が気づいて声をあげていかないと、権力の思うがままだ。権力に命の選別をさせてはならない」
 東京電力福島第一原発事故の前までは、福島県浪江町の牧場から肉牛の買い付けによく来沖していたことや、今の牧場の牛の4分の1以上が沖縄系といえること……。向き合う吉沢は、そんな沖縄とのゆかりも安次富に伝えた。

 テントの外では、吉沢の宣伝カー「ベコ・トラ」(牛のトラック)に人々が群がっていた。
 反対運動を支援した故・菅原文太主演の映画「トラック野郎」に登場する派手な装飾の「デコ・トラ」(デコレーショントラック)をもじり、宣伝カーの通称にしていることを、吉沢は誇らしく説明した。

 近くの米軍キャンプ・シュワブ前でも演説し、351日目の座り込み抗議行動に参加した後、読谷村(よみたんそん)の彫刻家・金城実(きんじょうみのる)(76)の自宅アトリエに急いだ。昨年9月、神奈川県鎌倉市であった対話集会で同席した金城から、「6月23日は沖縄『慰霊の日』。当日の行動の準備に仲間が集まるから」と招かれていた。

 ベコ・トラに載った大型成牛の等身大オブジェに、金城は目を細め、子どものようにはしゃいだ。
 オブジェは元々、九州大准教授の知足美加子(ともたりみかこ)(49)が3年前の国展に出展した立体芸術作品だった。原発事故で飼い主を失い、エサを求めて放浪し、野生化した牛たちをイメージしたもので、「望郷の牛」と名付けられた。
 同じ時期に東京で開かれていた牧場の写真展を見た知足が、「やり場のない痛み」を感じ、出展後に作品を牧場に寄贈した。牛の体の輪郭に沿って鉄の棒を立体的につなぎ、白く塗った造形。牛の帰る場所が未来にあることを願いつつ、知足は祈るような気持ちで作った。


No.1323
31 怒りの色に染めた

 オブジェの牛は空を見上げて首をかしげているようにも、人間に向かってある問いを投げかけているかのようにも、見える。
 「なぜ、こんなことに?」

 九州大芸術工学研究院の准教授・知足美加子(49)が自らの立体作品「望郷の牛」を福島県浪江町の「希望の牧場」に運び込んだのは、3年前の夏だった。牛の輪郭に合わせ、直径13ミリの鉄の棒を一本いっぽん、溶接してはつなぎ、白く塗装を施したスケルトン(骨格)のような造形。牧場の一角に置かれた。
 東京電力福島第一原発の事故からまだ1年半。一面に広がる牧草の緑や阿武隈山系の山々、空の色が牛の体を透過し、失われた故郷の光景として見る者に迫ってくる。美術館の空間に置かれるのとは全く違う作品のようだった。

 3カ月ほど経った頃。作品を寄贈された牧場代表の吉沢正巳(61)は、白い輪郭を突然、真っ赤な塗料で塗ってしまった。
 「東京の街頭演説に連れていくから、目立つように革命の血の色に染めた」と、吉沢は悪びれるところがない。「芸術作品なのに」。吉沢らを支える牧場サポーターの間からも批判が出た。
 心配したスタッフの針谷勉(40)は、知足に謝罪の電話を入れた。予想に反して、おおらかな答えが返ってきた。
 「作品は私の手を離れ、吉沢さんのもとで歩き出しています。私に赤は塗れないけど、それが吉沢さんの怒りの真実の色ならば、これもまた必然です」むしろ、本来は動かない彫刻作品が、吉沢の言葉とともに全国各地を動き回ることに、「新鮮な驚きと喜び」を知足は感じた。

 今年の6月22日。初めて沖縄入りした吉沢の宣伝カー「ベコ・トラ」は、読谷村の彫刻家・金城実(76)のアトリエ前に横付けされた。近くのサトウキビ畑の農道には、金城が制作した巨大な彫像「闘う漁夫」と「海を守る鬼神」を積んだトラックがとまっていた。荷台には「沖縄戦の慰霊とは辺野古に基地を造らせないこと」と書かれた看板も載っている。翌23日の「慰霊の日」に、首相・安倍晋三(あべしんぞう)(60)に見せようと準備していたのだ。
 金城は自作の彫像を吉沢に披露する一方で、ベコ・トラに載せられた「望郷の牛」の造形の見事さにうなった。


No.1324
32 「慰霊の日」牛がゆく

 今年の「慰霊の日」を翌日に控えた沖縄県の読谷村。
 自宅アトリエ近くで、彫刻家・金城実(76)はしばらく考え込むように腕組みをし、突然こう言った。
 「誰かスーパーで黒いゴミ袋を買って来い。白じゃなくて黒だぞ」
 目の前には、宣伝カー「ベコ・トラ」。その荷台には、鉄の棒をつなげて等身大の牛をかたどったオブジェ「望郷の牛」が立つ。
 一体何を言い出すのか。ベコ・トラで沖縄入りした「希望の牧場」代表・吉沢正巳(61)や、翌日の行動の準備で集まった誰もが驚いた。

 「牛の身体に詰めるんじゃ」
 近所の農家の人が黒い農業ネットを持ってくると「これでいい」。人々がオブジェの空洞に詰め始めた。
 やがて、誰もが目を見張った。 「かなしみの牛が、天にほえる怒りの黒毛和牛に変身しちゃった」。吉沢に同行した牧場サポーターの里見洋子(60)が驚嘆の声をあげた。

 一夜明けた6月23日、沖縄は戦後70年の「慰霊の日」を迎えた。
 「沖縄全戦没者追悼式」に出席する首相・安倍晋三(60)に作品を見せよう。金城が制作した「闘う漁夫」と「海を守る鬼神」の巨大彫像2体を積んだトラックと、福島県浪江町から来た吉沢のベコ・トラは、支援者らと読谷村を出発した。

 糸満市の式典会場の周辺は、厳しい交通規制が敷かれていた。ベコ・トラは途中、パンクした後輪の修理に時間をとられ、金城のトラックとはぐれた。金城は警備の警察官に止められたものの、その混乱の間に吉沢らは会場に近づけた。
 街頭演説こそ禁じられていたが、原発批判の言葉を掲げたベコ・トラは、怒れる「望郷の牛」を引っ張り、会場の周囲を何周も回った。沿道では大勢の人たちが不思議そうな顔をしながらも手をふり、拍手し、「がんばれよ」と声をかけた。

 翌日以降、那覇市内2カ所で講演した後、吉沢はフェリーで鹿児島に渡り、九州縦断の講演旅行を続けた。26日夕、ベコ・トラで福岡市の九州大を訪ね、准教授でオブジェ作者の知足美加子(49)と3年ぶりの再会を果たした。
 「社会の荒波に独り立ちさせた我が子が、久しぶりに実家に帰ってきたみたい」。そんな不思議な感覚を、知足は覚えた。
 「たとえて言えば、頭が茶髪になっていて、びっくりした。けれど、紛れもない我が子。独り歩きをこれからも見守りたい」


No.1325
33 慰謝料請求せずとも

 東京電力福島第一原発の事故後の絶望のまっただ中から、「希望の牧場」は生まれた。
 支え続けたのは、北海道から沖縄まで400人以上のサポーターに加え、寄付を寄せてくれる財政面での支援者たちだった。
 牧場の預金通帳に残るだけで、寄付は延べ1万件近く。非営利一般社団法人としての「希望の牧場・ふくしま」の事業収入はゼロで、活動経費はすべて寄付金が頼りだ。
 牛のエサは汚染牧草をもらってきたり、モヤシや果実の搾りかす、稲わらなどを無料か安く譲り受けたり。その運搬や交渉の費用、交通費などが支出の大部分を占める。
 施設の管理運営経費を加えると、年間1千万円は下らない。

 代表の吉沢正巳(61)は福島県浪江町の牧場内で暮らす。生活費は、各地から声がかかる吉沢の講演料や個人カンパを充ててきた。「食料の差し入れは多いし、独身で無趣味の俺にカネはかからない」と吉沢は笑い飛ばす。
 原発の事故を受け、避難指示区域の住民に東電から支払われる毎月10万円の慰謝料さえ、まだ請求していない。「面倒なんで」と関係書類をためたままにしている。
 事故の前に約330頭いた牛の損害賠償は、牛の所有権が提携先の会社にあったため、牧場には一銭も入ってこなかった。
 「とにかくカネには縁がないし、執着もない人。それも問題なんですけど……」。ボランティアスタッフの針谷勉(40)はあきれている。

 メディアを通じた訴え、街頭宣伝活動、写真展……。それらに伴い集まる寄付はこの4年間で、年平均1千数百万円あったので、ここまでやってこられた。法人の預金口座が底をつきそうになると一人で百万円以上をポンと送金してくれる篤志家や、街頭演説のときに置いた募金箱に1万円札を入れてくれる通りすがりの人もいた。

 横浜市の法政女子高の国語教師・出澤映子(でざわえいこ)(60)は、2011年3月の原発事故直後から、人影の消えた警戒区域内に入り、取り残されたペットの救援活動に関わった。一方で家畜が餓死し、殺処分されていくニュースに心を痛めた。吉沢の活動を知り、被曝(ひばく)牛を生かしていることに救われる思いがしていた。
 11月、カンパ金を持って牧場へ。以来、3カ月に1回程度訪ねては牧場の雑事を手伝い、吉沢を自分の授業にも招待した。


No.1326
34 「札束社会」の克服
続く

 横浜市の法政女子高教師・出澤映子(60)が、福島県浪江町の「希望の牧場」に泊まり込みで通い始めて4年近くがたつ。
 冬場のエサ不足や飼料運搬車の冬タイヤの交換などで経費が膨らみ、牧場の台所事情が苦しいときは、スタッフからの情報発信で状況が分かった。気づくたびに、給料などをためた中から数十万円単位の寄付をした。計200万円近くになる。

 今年2月、選択授業の講師に牧場主の吉沢正巳(61)を招いた。「ベコ・トラ」に幟(のぼり)を立てたワゴン車で現れた吉沢に、生徒らは喝采した。震災や原発事故をめぐり出澤は生徒に問いかけた。「弱者の命を踏みつけての繁栄なら、水俣病と同じ構造では?」。この日のテーマは「ほんとうの豊かさとは?」だった。
 「お金とか『豊かな生活』とか出世とか、俗世間の価値観からは最も遠い所にいる自由な人」。出澤は吉沢を自分なりに分析してみせる。

 一方で、「世話が焼けて困った人だ」と感じることも多い。独身の吉沢は日常生活では料理も掃除もしない。片付けも苦手だ。強烈な個性に引きつけられる支援者らがいる。半面、過激に見える言動で離れる人もいる。そんなとき、吉沢は寂しげにこう言うだけだ。「あの人はこのごろ来ないんだよ。会ってくれないんだよ。向こうに行っちゃったんだよね」

 もちろん、寄付金が底をつけば牧場は行き詰まる――。よく分かっているからこそ、理解を求めて「牛を生かす意義」を街頭や集まりで説明する。ただ、吉沢の言葉は大衆にこびない。むしろ、人々の生活や生き方に疑問を投げかけ、挑発する。
 「福島の避難民は今も、狭くて寒い仮設や借り上げ住宅で暮らしている。東京の皆さんは、きょうもこうして豊かな暮らしを楽しんでいる。東京オリンピック? 勝手にやればいい。だけどね、福島の原発事故をなかったことにはできませんよ」

 老衰で死んだシゲシゲという種牛がいた。威厳があって気が強く、背に乗るのを許したのは吉沢だけ。スタッフの針谷勉(40)は語る。「吉沢の目標は原発を乗り越えること、札束で人の頬をたたいてつくってきた社会の克服です。カネより命を大事にする社会の実現――シゲシゲを乗りこなす吉沢を見て、僕は確信しました」




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