【やまゆりファーム訴訟】経緯1:そもそも「やまゆりファーム」に実体はあったのか?

 「やまゆりファーム」の牛60頭余は元々楢葉の牧場の牛達で、福島第一原発事故後も蓄主さんが世話を続けていた。
 政府方針は被曝牛の全頭致死処分。
 安楽死措置は農水省が実施しましたが、生かし続ける蓄農家に公的援助は一切無かった。
 それでも世話を続けていた蓄主さんの元に個人ボランティアがちらほらと寄ってきて、お手伝いに通っていた。大した事は出来なかった。荷台の藁屑のお掃除位と聞きました。
 サラネットワークの谷野がそのボランティアさんに熱心にアクセスしてきて「ファーム・アルカディア」と自称するようになった。
 大体この辺りから、実態からかけ離れていく。ボラさん達は気分だけで被曝牛の”サンクチュアリ”を夢見たりするわけですが、本気で取組む覚悟はなかったと思います。そりゃ、食わせるだけでも大変な事業ですからね。寝言抜かすなよと言いたい。

 楢葉の蓄主さんが健康上の理由で維持を断念せざるを得なくなると、ボラさん達は致死処分に反対するが、出来ることと言えば「希望の牧場」に縋ることだけ。吉澤さんはキャパオーヴァーと一度は断っています。それでいつもの愛護の常套手段。無理やり引き受けさせようと、「希望の牧場公式サイト」に千を越す投稿が殺到した。で、結局吉澤さんは引き受けた。
 牛の移動に伴う煩瑣な行政手続きも搬送も、「希望の牧場」が全て仕切った。
 つまり、楢葉の牛は「希望の牧場」に丸投げされた!

 第三者的に見れば、改めて「やまゆりファーム」を設立する必要などどこにもなかったと思います。
 楢葉の牛は希望の牧場に合流するのが一番自然でした。
 吉澤さんは優しいので、その不自然さに踏み込まず、「貴女達も自分達が助けたという事にしたいんでしょう」と好きなようにさせる一方で、希望の牧場の牛と区別せず世話をした。

 当時者にお話を伺うと、希望の牧場に合流しなかった理由を幾つも挙げるのですが、いずれも納得のゆくものではありません。浮ついて無責任な印象しか受けませんでした。

 やまゆりファームは半年も経たない内に不協和音を奏で、分裂。その後も新しい人が入っては離反を繰り返し、岡田さんの「一人やまゆり」と揶揄される状況に転落していく。

(続く)
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