やまゆり訴訟に関するコメント

 「2017年01月17日 【やまゆり訴訟】やまゆり_第1準備書面」に複数のコメントが入りましたね。

 それを受け、希望の牧場さんが改めてツイッターで呼び掛けています。 
 『やまゆり裁判につき、質問や意見を寄せてください 「これを機会にみんなに考えてほしいんだ、命とは、」、』

 中核派云々のデマに振り回されたようなコメントは捨て置き、2件のコメントと希望の返信を以下転記します。


■2017-01-24 16:32:43  N・K
 ずっと見ていて私なりに思うのは、この件は岡田さんの人生なんじゃないかと思うのです。
 えっ?って思うかもしれませんが、岡田さんの生い立ちは、心に感情を溜め込んだままになっていて、似たような出来事に感情が反応してるんだと思います。
 岡田さんにも、このことを伝えましたが、岡田さん自身が気付かない限り、これからも、耐えがたい悲しみや怒りの感情に振り回される人生が展開すると思います。

 キャパを超える状況のなか、吉澤さんは、やまゆりの牛を引き受けてくれたこともそうですが、岡田さんのことを信頼してたんだと思いました。人を信頼するとき、同時に自分のことも信頼しているものです。岡田さんを、信頼できる人だと信じる自分の直観を、信じていたんですよね。

 自分の牛を殺処分しようと決めた楢葉の畜主Nさんは、自分自身に苦しみを課した決断だったと思います。
 その頃のことを振り返ると、殺処分される牛を想像し、あまりに残酷で悲しすぎて、嘆願のメッセージを送ったわたしですが、自分が辛く可哀想な思いをしたくなかったからなんです。
 岡田さんもきっと、同じ悲しみを味わいたくない!もう二度と死なせない!と、強く感情が動いたのではないでしょうか。その後の、希望の牧場で、子供時代に抑圧した感情にふれる、些細にも思えるような出来事が、積りに積もったのかもしれません。

 何度も言いますが、岡田さんの生い立ちを思うと、溜まりに溜まった感情がそうさせていると思います。
 岡田さん自らが、そのことに気づかない限り、一生変わらないでしょう。

 そんな岡田さんの人生に混ざるのか、希望の牧場のこれからを生きるのかだと思います。

 やまゆりの牛を引き受けたときに、飼育費用について書面で残したものは無かったのだろうかとか、岡田さんを信頼して、牛を引き受けた時の直観は、間違いだったなぁ、と後悔されてるのかな、と考えたりもしますが、それは、信頼した直観であっても、結果はどうなるか分からないのが真実なんだと思っています。

 どんな言動も、その時はその人にとって最善であり、それしか出来ないんです。
 岡田さんにはこれしか出来なかったんだと思います。良い悪いで相手をジャッジし、コントロールしても、無理なんです。

 岡田さんに対する感情や執着を手放し、希望の牧場としての在り方に、意識を向けていってほしいと思います。

 腑に落ちない内容もあろうかと思います。
 それに対し、お怒りや批判を受けるだろうなと思いながら、精一杯の思いを投稿しました。

 また、この投稿を読んだ岡田さんにも、批判されると思っています。

 現実を受け入れる、執着を手放す、自分を赦し認めることが、人の器を作っていくと思っています。

 よろしくお願い致します。

■2017-02-09 11:34:23 事務局
 こんにちは、事務局はりがやです

 現実的な話、犬猫と違う牛330頭を生かすことがどれだけ大変かをご理解いただいているという前提で、以下、本件の本質について、
 本質は、60の牛の命とその今後をどうするのか、またその責任についてです

 希望は、だれも岡田さんに執着などしていません
 本件をまるでなかったことにはできないし、みなさんにも訴え続ける必要があります

 命の問題やその責任をなおざりにすれば、希望そのもの存在と吉澤をはじめメンバー全員の生き様は否定され、支援してくださってるみなさんも、やがて牛を生かす意味を失うでしょう

 結果、在るためにある命は、存続しないでしょう
 命とは、牛たちの生きる意味とは
 希望とは、

 人の生い立ちも大事でしょう
 そのお気持ちはわかりますが、本件、本質とはまったく違います

■2017-02-09 19:04:45 M・M
 初代ふくちゃん以来ずっと活動を拝見しております。
 岡田さんが根本さんのところから牛を連れてきて、それを希望が受け入れたとき、これで又60頭ほどの命が維持できると、その決断をうれしく思いました。
 その負担はともかく・・・

 でも、岡田さんが希望に通い出し、しばらくはとても良い関係のように見えましたが、少しづつ何かわだかまりが出ているように感じていました。
 ツイッターやブログを通してでしかわからないながら。希望の方達の岡田さんに対するいらだちや、岡田さんの何か感情に触る気持ちなど。
 たぶんそれのピークが解剖があったあたりかなと思います。
 主張は希望の方が正しいのかと思います。
 牛は趣味や素人の力の及ぶ範囲ではないとブログなどでも納得します。

 それらをベースとして、今回の一連のことですが、やはり隔靴掻痒の感じがします。
 希望の主張も、感情もわかります。
 でも、岡田さんの思いや意図するところがわかりません。
 もちろん岡田さんも法律的正しさについては色々主張されていますが。でも、誰も法律的正しさで動くわけではありません。
 本当のところ何を思い、何が不満で、何が望みなのか。
 自分の出来ることと出来ないことを考えた上での気持ちをどう整理しているのかがまったくわかりません。
 ウイズキャトルが出来たあたりから、なんとなくわかりません。
 別に私がわからなくても問題なぞありません。大事なのは牛の命だと思っていますが。
 でも、考えはと言われれば、一つの事象の半分だけしか見られない、その何とも言えない収まりの悪さを感じます。
 希望の方達だって、「理解できない」とおっしゃるかもしれませんが見ている私はもっとわかりません。

 このまま行けばたぶん法的に希望の方達の正しさが認められるのかなと思っています。
 命の方が大切だと思うのでそれでよいと言えば良いのですが。
 これは岡田さんの問題だとは思いますが、何を望み、何を問題と感じ、何が納得できなかったのか、知りたいと思います。



 さて、皆さんはどう思われますか(*´v`)
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Re: さくら様

> 中核派と福島民友に報じられた「ふくしま共同診療所」と関わりがあった事はちょっと調べればわかる話です。

 誰が診療所と関わりがあったのですか?
 それと災害時には、診療所等、日常に必須なものを開設しようという動きがあれば協力する人々も出てきます。関わりを持った人全てが中核派と決め付けることは出来ませんね。

中核派と福島民友に報じられた「ふくしま共同診療所」と関わりがあった事はちょっと調べればわかる話です。
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