スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【AFTER「ナオトひとりっきり」】1 富岡町の避難指示解除

2011/3/11 「ナオトひとりっきり」自主上映会 in TOTTORI


 「ナオトひとりっきり」は2013年春から約1年間の撮影でした。
 松村さんの活動自体こそ大きな変化はないようですが、松村さんをとりまく状況は大きく変化しています。
 上映会まで、最近の富岡町の変化について記事をアップしていきます。



 ・<原発避難>富岡4月1日解除を受け入れ

 政府の原子力災害現地対策本部は17日、東京電力福島第1原発事故に伴う福島県富岡町の避難指示について、帰還困難区域を除き4月1日に解除する方針を決めた。郡山市であった同日の町議会全員協議会で、宮本皓一町長が解除案の受け入れを表明した。政府は近く最終決定する。
 解除対象は居住制限、避難指示解除準備の両区域。対象人口は9578で町全体の7割を占める。



 松村さんが代表の「NPO」法人がんばる福島」事務局長、金子さんのブログは次のように伝えています。
 ・2017-01-27 町から村へ
 『 21日の土曜日に富岡町は住民説明会を開催した。
 帰還に関することで開催したのだが、はっきりとしない回答のまま終えたと聞いた。
 参加した友人は僕に「帰還出来る状態じゃないよな」と言った。』
 『 松ちゃんは「今からダイユーエイト(地元のホームセンター)に一緒に行くべ!たまげっから」と言ったのでついて行った。
 到着してびっくり。まさかこれが店頭に置いてあるとは・・・
 イノシシを捕獲する箱わなです。
 税込177,876円也

 松ちゃん「これ買う人がいるから置いてんだべな?需要がなければ置かねぇ~べ」と。
 さすがにショックを受けた。
 もう町ではなく、山間部の田舎というか富岡町が村になってしまったようなショック。

 店の入り口にその他の捕獲器(カタログには駆除器)もたくさんあった。 
 この頃、町の広報スピーカーからイノシシの被害が出ていますのでイノシシに注意して下さい!熊の目撃情報があるので注意して下さいを何度も聞くようになった。 』

 ・2017-02-17 移転しました。
 『 町の様変わりを4人で話しながらお茶を飲んでいた時、4月に帰還宣言する?との話になった。
 じっちゃんも松ちゃんも「これで帰還宣言するのおかしい」と。
 町の広報スピーカーから流れている「熊の目撃がありました」とか「熊の足跡が確認されましたので、充分気を付けてください」の文言に顔をしかめて言った。
  「イノシシより熊の方が怖いだろう?それなのにこんなところに帰って来て下さいって、何を言っているんだよな」と松ちゃん。続けて「熊に気を付けて下さいって素人に何が出来んの?熊対策を何にも取らねぇ~で」と。
 じっちゃんも「役場は何やってんだべ!そんな放送聞いたらみんな帰って来ねぇ~べ」と怒りの矛先を役場にぶつけた。』

 定期的に松村さんの取材を継続する那須佳子さんのFBから
 ・【去りゆく夏2016】その2

 『 相棒のあっちゃんと私は、いつも富岡に入ると真っ先に旧富岡駅跡へ向かう。
 初めて訪れた2014年春には、震災でくずれかけた駅舎が霧雨の中に煙っていた。
 やがてその駅舎が取り壊され、巨大な廃棄物の焼却施設がそびえ立ち、その周りには除染で出た汚染土の詰め込まれた黒いフレコンバッグが増殖を続けた。3段、5段と訪れるたびにその山は高くなり…もうすっかり海は見えなくなっていた。

 ところが、「あれ?無い!」私たちは顔を見合わせた。
 その黒い山が消えているのだ。海が見える!
 もちろんまだ残っている山もあるが、ひと山丸々消えているものもあれば、明らかに低くなっているものもある。
 不思議なもので、あれほど不快だったフレコンバッグの黒い山だが、無くなったとなると、なんとなく落ち着かない。不安になるのだ。
 すぐそばにある焼却施設に運び込まれ、減容化されたと考えるのが普通だろうが、今春飯舘村で見た汚染土の「再利用化施設」のことが頭にちらつく…。着々と全国の公共事業などで使われる準備が進んでいるのかもしれない。』

 『 フレコンバッグが消えた代わりに、松村さん宅からほど近い場所に大きな新しい建物が出現していた。
 入り口には、「アトックス」と「アレバ」の文字。
 アトックスとは、東電の下請けの中でも一番手の会社で、アレバとはあのフランスの原子炉メーカーのアレバだ。放射性廃棄物の処理に向けて、協力体制が整いつつあるのか…。

 そして富岡の隣の隣の広野町では、帰還した町民もまだまばらだというのに、今秋ホテルがオープンするという。Jビレッジのすぐ近くだ。どうやらこちらは、2020年の東京オリンピックに向けて準備が始まったらしい。』

 那須さんは続けて富岡町に帰還した一組の老夫婦の”見解”を紹介する。
 『 原発事故後富岡町に住み続けていたのは、これまで松村さんだけだったが、もうひと組帰って来て住んでいる住人がいるというので、松村さんが彼らを訪ねるときに私たちもついて行った。
 80代の元大工さんであり、牛飼いでもあったご主人と、その奥さん。
 原発事故後は牛たちを手放し、仮設住宅暮らしを余儀なくされていたが、仮設の狭苦しさに耐えかね、とうとう富岡の自宅に戻って来たのだと言う。』
 人生の終盤に事故に遭遇した80代の夫婦は「原発はあったほうが良い」と言い、那須さんはショックを覚える。
 ご夫婦の人生のライフサイクルは、(原発の、事故の)経済的恩恵の側面が大きかったのである。
 きわめて小市民的に、自分の生活に限定してメリット、デメリットを秤にかければ、「原発はあったほうがいい」という考えも生まれる。企業も原発推進の政権もそういう小市民の目先の打算をフルに利用する。
 しかし、この夫婦の子供世代はどうなのか・・・?
 一口に”あった方が良い”とは言えないだろう。
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

チッチ

Author:チッチ
連絡先:℡:090-8609-3689(仲市) mail:anti_nuclear2011311@yahoo.co.jp
 *@を小文字に直してお使い下さい。
 
現在の閲覧者数:

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。