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「ナオトひとりっきり」ー被曝牛の命をつなぐー

  福島第一原発事故から6年が経つ。事故は今も収束していない。今年、2号機原子炉格納容器内部調査で650Sv/hの過去最高値が推計され、米国のフォックスニュースは「想像を絶するレベルに達した」と報じた。高濃度汚染水の漏出も廃炉への道程も、人智を超える技術的な壁に阻まれて先行きは不透明だ。

 途方もない状況が進行する中で「遅くとも事故から6年後の’17年3月までに避難指示を解除」の閣議決定に基づき、被曝地の復興計画が進められる。表土を剥ぎ取る除染で放射線量は下がったが、解除の基準とされた放射線量(年20mSv以下)に関しては専門家の間でなお議論を残す。大地を埋め尽くすように野ざらしになっている膨大な廃棄物のフレコンバックは大熊町、双葉町に中間処理場の用地が確保され、順次姿を消していくが福島県外とされる最終処理場予定地は未定である。避難解除完了と同時に自主避難者の住宅支援も打ち切られる。

 事故後の経緯を、松村直登さんは原発から12キロにある富岡町で見守ってきた。一度は避難したが直ぐに自宅に戻ると、無人となった町には家畜やペットが取り残されていた。
 警戒区域設定後、5月12日に家畜全頭殺処分の指示が出る。大半が処分される前に餓死していった。苦痛に充ちた凄惨な光景が展開される中、ナオトは動物達の世話を始めた。「最初は何も出来なかった。数が多すぎたんだ」。環境省認定の4団体で構成される緊急災害時動物救援本部(現一般財団法人ペット災害対策推進協会)や東電、農水省等に惨状を伝え救援を求めたが、どこも動かなかった。

 地震で電気も水道も停まった。夜がくると無人の大地は漆黒の闇に包まれる。圧倒的な寂寥感にナオトはローソクを灯し、明るくなるとペットフードを荷台に積み車を走らせた。ある日致死処分対象の牛が囲い込まれた柵を見て、思わず「俺が世話するから殺さないでくれ」と口走る。牛の飼育は初めてだった。「俺達は原発事故を一緒に生き延びた仲間だ。これ以上、殺さないでくれ。」

 本編はナオトとその仲間達の日々を‘14年8月から翌4月にかけて追ったドキュメンタリーである。中村監督は海外メディアでナオトを知った。報道は国内外で大きな落差がある。松村さんは’14年3月に原発事故の生き証人として仏に招聘され、フッセンハイム原発即時廃炉を求める大集会に参加、EU議会緑の党主催のセミナーで証言したが、国内メディアは取上げなかった。

 避難期間中、肉にもなれない被曝牛の命を繋いできた人々がいた。解除完了後、被曝牛の取扱いはどう変わるのか?個人に重い負担を背負わせ続けるのか?
 先日、牛をほっちゃって出てきて下さいと私が言うと、「そりゃぁおかしいべ。みんなが逃げた時に残って、帰る時になって出て行くのはおかしいと思うべ?」朗らかなぬくもりに包まれ一緒になって笑った。「動物は途中で放り出すことは出来ねぇんだ」。
 まだ牛二十頭、猫十匹に甲斐犬の石松君がいる。ナオトが家族の元で安らぐ日は遠い。

  『尋常ではない出来事に、尋常に対処する男の日々、そこにはほのかな明るさがある。希望もたぶんそういうところにひそんでいる。(詩人谷川俊太郎氏評)』
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