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【愛護ビジネスの蔓延】弱者が弱者救済に向かう時


 開沼博さんの「漂白される社会」は、元々はダイヤモンド社の書籍オンラインの連載記事に手を加え単行本化したものらしい。本を未だ読んでいない人もネットで一部を読むことが出来る。

 第5回 バブルに溺れた元経営者を支える ヤミ金の「生活保護受給マニュアル」は面白かった。基本フレームが裏社会の愛護ビジネスと共通しているからだ。

 愛護活動において「純粋な弱者」に位置付けられるのは居場所を失ったペットである。
 多分、犬猫に罪はないという大前提が多かれ少なかれ日本の動物愛護の世界では無意識の内に共有されている。
 私なんかもそうでした。何年も前の話になりますが、まぁどんだけ自宅敷地内に捨猫されたことか!
 それを無理に無理を重ねて保護していたのは「ええぃ、ボランティアでやってやるー、猫に罪はないー!」と思ったからである。捨猫した犯人は誰か分からないので、飛び掛かって八つ裂きにしたくとも出来ない。
 猫が「純粋な(罪のない)弱者」なら、人の情けと懐と労力と心労を当て込んで捨猫する人は「グレーな弱者」と無意識に設定して、その卑怯者の分まで引き受けてしまうのだが、私に負担を背負わせた捨猫犯人が、私と比べ相対的に経済的弱者であったかどうかは、今考えると疑わしい。
 
 犬猫や外来種生物は生態系に立位置を持たないというコンセンサスは社会ではほぼ確立されていて、そこから害獣駆除や致死処分の施策が出てくる。近年、害獣駆除は保護政策から一部致死処分はやむを得ないと譲歩する傾向があるが、ペット関係は全頭救済の方向を未だに向いている。これがいつまで続くのだろう?
 表面的に犬猫は【社会が包摂すべき弱者】の位置まで引き上げられたかのような風潮が甚だ漠然としてあるが、社会はそれだけの対応能力があるのだろうか?

 貧困ビジネスは社会問題として認識されているが、根絶が難しい。
 社会が貧困問題に対応出来ない限り貧困ビジネスはなくならない。
 社会にキャパがないのか、富の配分次第では可能であるのか、詳細な議論がなされているが、いずれにせよ現行社会は福祉政策の引き締めに向かっている。かと言って、政府も路上の行路死が目に立つようになるまで放置は出来ないだろうなと思う。生活保護が受けられないなら、せめて刑務所に入りたいと入所目的の犯罪も時々報道される。【社会が包摂すべき弱者】の問題は決して他人事ではなくなってきたのだが、自力で立てず、社会制度からも零れ落ちる存在【あってはならぬもの】が、どのように社会で処理されていくのだろう?

 『ヤミ金の「生活保護受給マニュアル」』は、【そこに現れたのが、一見すると弱者の社会への包摂の対極にあるように思えるKのグループだった。事業の軸はヤミ金でこそあるが、厳格化される社会制度から零れ落ちる層とつき合い続ける存在。目的の善悪は別にして、結果的にはMたちにカネと仕事を与え、行政との橋渡しを行なってくれた。「あってはならぬもの」を「あってはならぬもの」が取り込み、漂白する。】話なのだが、「愛護ビジネス」も同じ現象だと理解出来るのではないだろうか?

 (後程続けます)
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