FC2ブログ

在特会: 「ハン(怨、恨)」の転嫁、アクティングアウト


 最近、東京・新大久保で行われた「在特会」の街頭デモのプラカードが世論の顰蹙を買い、twitterでも取り上げられていたので、私は初めて「在特会」なるものの存在を知った。「ネトウヨ」だの「在特会」だの全く知らずにきてました。ネトウヨ=ネット右翼の意味だそうですが、的確なネーミングとは思えない。右翼と左翼は一跨ぎって、知ってます?知的右翼と知的左翼の距離はそれほど遠くない。

 つまり、彼等は右翼でもなければ左翼でもない、思想とか信条とは関係のないところで、個人的な屈折した怒り、被害者意識、怨嗟と無力感を共有し群れている人達である。こういう現象は普遍的なもので、古今東西繰り返し起きているのじゃあるまいか?
 「在特会」は当初、在日コリアンの在日特権(?)を標的として発足したらしいが、ターゲットは拡散傾向にあるそうだ。彼等は彼等に不利に働く既得権益や社会の価値体系に苛立ち、”ハン(怨、恨)”を無関係な他者に転嫁し、個人的な鬱屈した心情の”捌け口”とする事によって、仲間との心情的一体感を求めているように見える。 彼等は社会を改善したいとは思っていない、社会の「良い席」に自分が座りたいと思っているのが、ぶっちゃけ本音じゃないか?

 彼等は多分、社会の不正義そのものに怒っているわけではない、自分達が抗うすべもなく損な立場に置かれていると思い、あるいは日常的な営みに生きがいを感じられない隷属感情があって、そこから抜け出せない挫折感や無力感が社会に対する怨嗟になり、捌け口の口実としてあれこれ主張してみせる。主張は雑で感情的で、針小棒大にふくらませるので、ほとんど意味がない。

 高度経済成長社会が終わり、合法的に格差が拡大していく中で、「ハン(怨)」の文化が生まれようとしているのか?

 ネットで検索すると古田博司氏と小倉紀蔵氏のお二人は朝鮮文化の”ハン”を次のように定義している。


 ・古田氏
  :伝統規範からみて責任を他者に押し付けられない状況のもとで、階層型秩序で下位に置かれた不満の累積とその解消願望(『朝鮮民族を読み解く』 ちくま学芸文庫)

 ・小倉紀蔵氏
  :「恨み」は相手に対して抱くものだが、「ハン」は多くの場合、自己の中で醸すものである。
 この「ハン」を成立させている情動は、「あこがれ」だと私は思う。自分にとって理想的な状態、あるべき姿、いるべき場所・・・さまざまな理由で、そういうものから離れてしまっている、そのときに、韓国の人は「ハン」を心の中に積もらせる。つまり、理想的な状態、あるべき姿、いるべき場所への「あこがれ」と、それへの接近が挫折させられている「無念」「悲しみ」がセットになった感情が、「ハン」なのである。

 韓国語には「あこがれ」という固有語がない。「憧憬」という漢字語を使用している。「あこがれ」という重要な固有語が存在しない理由は、この「ハン」という言葉が「あこがれ」の意味を兼ねているからに違いない。



 小倉氏が引用する金烈圭氏(韓国文学)は、「ハン」には「白い恨」と「黒い恨」がある(『韓国再発見』、朝日新聞社)と指摘する。
 「白い恨」は、「ある怨みが心に重なって自分が傷ついた場合、それを絶対に第三者に移さないようにする恨」、「黒い恨」は、関係のない第3者にまで怨みを移す
 【「白い恨」は、「あるべき姿・場所」への「あこがれ」の側面が強調された「ハン」であり、「黒い恨」は、「挫折の悲しみ」を他者に転嫁する「ウォナン(怨恨)」であるといえる。】

 「白い恨」は今の時代、無力さのほうが強調されるのは否めないが、社会の劣化や崩壊をかろうじて支えているのもそういう人達なのだ。「希望の牧場」や松村直登さん達は絶望的な状況を直視し、無念の中に存在し日々の営みを通じて希望を見出そうとする営為を止めない。無力であっても、その存在は力強い。彼等も抗議する、この理不尽な社会の一員として抗議する。嘘もなければ、隠すこともない。

 一方で「ウォナン(怨恨)」の表出も目立つようになった。
 
 安田浩一氏のルポルタージュ、「ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて 」は読んでいないが、ネットで大澤真幸氏の書評を読むことが出来る。

 大澤氏の指摘通り、在特会の主張は価値はないが、確かに「社会現象」としては興味深い。
 在特会と限らず、社会に幅広く同じ現象が見られるからである。

 書評によれば、在特会が結成されたのは07年1月で、【「母体となったのは『2ちゃんねる』のようなネット掲示板】。【在特会のメンバーはほとんどハンドルネームで呼び合い、よほど親しくならない限り互いの本名や職業を教え合うこともないとのこと。2ちゃんねるなどのネットの関係が、そのまま現実の社会生活に延長されている】。在特会会長の「桜井誠」も通名である。桜井の本名も素性も経歴も分かっているのに、それがネット上に出てこない日本の風土が、私にはむしろ奇異に思える。(訂正:ああ、出てますね。本名:高田誠、1972年生。北九州出身。最終学歴:高卒。居るのか居ないのか、誰も気に留めないほど影の薄い存在だったそうです。)

 07年といえば、その頃である、愛護業界にノーキルの大合唱が鳴り響き、「一体、何がどなっちゃったの?」と地道な活動家達が呆然としたのは。同じ現象が起きていたのだが、当時、私達にはその正体が分からなかった。

 在特会は既に複数の事件を起こし、逮捕者も出している。会員は千差万別で、フツーのサラリーマンで、普段は目立たず大人しく問題を起こさない人も多いらしい。無職で詐欺で逮捕された女性もいる。桜井会長がプライベートで刑事事件を起こした女性は在特会会員ではない、報道記事を訂正せよと、新聞社に詰め寄る騒ぎもあったそうだ。寄付金が減ったら損害賠償するんかと、なんか抗議もみみっちく、さもしい。
 件の女性は女性で、会長の露骨なトカゲの尾っぽ切りに激怒してブログで宣戦布告。疑似一体感の幻想が壊れるや、仲間割れも速い。そしてまた、群れはトラブルをおしゃぶりネタに、ネットの片隅で賑わっている。

 【彼らは街頭で、「ゴキブリ朝鮮人」とか「叩(たた)き殺せ」とかといった聞くに堪えない罵詈(ばり)雑言を吐き、興奮したときには、犯罪のレベルの乱暴狼藉(ろうぜき)に及ぶ。】

 【しばしばターゲットにされている問題は、あまりに小さいのでちょっと笑いたくなる。たとえば、京都市の南の方のある朝鮮学校は校庭をもたないため、この半世紀ほど、すぐ隣の児童公園を使わせてもらってきた。
 在特会はこれを「日本人の土地が奪われている」と、まるで領土問題のように扱い、「朝鮮学校、こんなものはぶっ倒せ!」「朝鮮人はウンコ食っとけ!」などと校門前で叫び、公園内に設置してあった機材を壊したりした。
 近辺の住民が、児童公園が学校によって使用されていることに不満を訴えるのであれば、それはわかる。
 しかし、こうした問題は住民と学校と市の担当者の話し合いによって解決を図ればよいことであろう。
 関西中から在特会会員が糾合して、大騒ぎをする必要があるのだろうか
 この種の暴力は、ネットで言うところの「炎上」とか「祭り」とかいう振る舞いの、「リアル版」であると考えるとわかりやすい。
 実際、この「抗議行動」を映した動画サイトには、膨大な数の「賞賛(しょうさん)コメント」が寄せられたとのことで、この騒動は、ネット的な「祭り」にそのままつながっている。】
 こういう怨嗟が、ネットからリアル現実に飛び出して犯罪に及ぶ現象を眺めていると、今の時代、精神科医のケア、サポート体制がもっと整備される必要があるんじゃないかと思ったりする。

 書評によれば、在特会の会員達は、承認されたいという欲求、仲間から認められることの喜びで群れているらしい。【ぶっちゃけ、僕らって親からも世間からもたいして評価されていないじゃないですか」】。評価が低ければ低い程、欲求不満は強くなる。疑似家族的な排外的な愛情欲求が、論理的に意味のない仮想敵を必要とするらしい。絶望した愛情乞食か、一番、性質が悪いね!

 彼等の批判や攻撃が過剰であっても、どこか弱々しいのは、愛憎のアンビバレンツのせいかもしれない。戦力足り得ないのだ。しかし、こういう人達、社会からも、国家からも必要とされていないと感じている一部の人達の暴走はこれからも増えるのだろうなと思う。

 社会現象か、なるほど、その一言で愛護の世界で起きている異常な出来事が妙に納得される。在特会もネット愛護も根っこは同じだ。
 
 大澤氏は書評を【左翼はずっと前から「普遍的な愛」を主張していたように見えるのに、どうして、つい最近になって、おそらくは21世紀になるかならないかの頃から、何やら「偽善的」なものに感じられるようになったのか。こうしたことを考察していくと、日本社会や現代社会について、隠れている困難がさらに発掘されるだろう。】と締めくくっているが、「普遍的な愛」が「偽善的」に感じられるというのは、多分多くの人が共有する感覚だと思う。
 一つには「黒いハン」が「白いハン」のスローガンや主義主張を表面的に真似、表立って喧伝する現象が拡大したので、遠目には黒も白も似ているように見えるからである。「黒いハン」の偽善振りが、「白いハン」まで疑わしく見せるのだろう。市民活動が世論を形成しようと数を拡大する過程で、二つは常に奇妙に交錯してくる。近付けば、その内容や実態を見れば、二つの区別は歴然として誰の目にも明らかになる。遠目のチラ見で間違ったものを掴んではいけない。

 それに又、「普遍的な愛」は人間という動物の本性の一側面でしかなく、「普遍的な愛」で社会変革の具体的な道筋をつけていく事の限界が見えてきた。経済的な裏付けや、専門家の養成といった物理的なことがままならない。今の時代、人々が「普遍的な愛」に靡かず、ますます個別的な愛を求め、恨み節が声高になる趨勢は暫く止まないだろうと思う。
関連記事
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

チッチ

Author:チッチ
連絡先:
℡:090-8609-3689(仲市) 
mail:anti_nuclear2011311@yahoo.co.jp
*@を小文字に直してお使い下さい。

寄付金口座:
 株式会社山陰合同銀行 千代水支店
 店番 120 口座番号 3734226
 仲市素子名義
 *2018/5/15付けで、寄付金公募開始しました。
 見学交通費、宿泊費、事務通信費、情報開示請求経費、インターネット経費に限定して使用します。

 
現在の閲覧者数:

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR